【オリジナル小説】令和な日々
令和2年10月29日(木)「島田琥珀の溜息」島田琥珀
恋をすれば綺麗になる。
話半分くらいに聞いていたその言葉が目の前で起きている。
「それで、明日のことなんだけど……」
昼休みの部室でわたしの目の前に座るあかりがそう話を切り出した。
その隣りで身体をピッタリとくっつけているのがほのかだ。
文字通りふたりの間には隙間がない状態になっている。
今日は比較的暖かいので「暑くないん?」と聞きたいところだがそれは野暮というものだろう。
それにふたりの熱々ぶりを見ているこっちの顔が火照って暑いと感じてしまう。
「そうやね。それでええんとちゃう?」
現在部室には部長と副部長ふたりの3人だけだ。
そのうちのふたりがこうイチャイチャしていると、だんだんアホらしくなってくる。
ダンス部の今後についての大事な話し合いだというのに、ほのかの頭の中にはあかりしかないようだ。
「ほのかはどう?」とあかりが横を向くと、ほのかはあかりの顔を見つめている。
ふたりは黙って見つめ合い、このままだとチューするんじゃないかと息を呑んで見てしまう。
焦ったわたしは咳払いをしてふたりを現実に引き戻す。
あかりはこちらを向いたが、ほのかは蕩けた顔をあかりの方に向けたままだ。
「藤谷さんの問題は解決したみたいやけど……」とわたしが話題を変えると、「ホントどうしたんだろうね」とあかりが首を傾げた。
2週間ほど前に突然藤谷さんがあかりとほのかの間に割って入ろうとした。
あかりを巡る三角関係が勃発したのだ。
ワケが分からない。
それまで藤谷さんはふたりとは距離を置いていたのに、急にあかりに好意を示し、ほのかを敵対視するようになった。
わたしはあかりに解決を頼まれたがお手上げだった。
そんな藤谷さんの態度が以前の状態に戻った。
あかりやほのかに対して無関心を装うようになった。
あかりは原因が分かっていないようだが、あれだけふたりがイチャついていれば対抗する気も薄れるというものだ。
文化祭のファッションショーであかりがほのかのエスコートをすることが決まり、それを口実にして四六時中ふたりは甘い雰囲気を醸し出すようになった。
学校にいる間、隙あらば手を繋いだりふたりの世界に引き籠もったりしていた。
ほかの2年生部員たちはもう口を出すだけ無駄だと悟ったようで、部長と副部長が率先して部内の風紀を乱していることにも文句を言わなくなった。
ほのかはポンコツ状態だが、あかりは部長の仕事はこなしているので大目に見るといった感じだろうか。
頭の中がピンクに染まったほのかはあかりがいないところでもニヤけた顔をしている。
整った顔立ちだが、これまではいつも険があって取っつきにくいと周りから思われていた。
クラスの男子からも遠巻きにされていたのに、ここ数日は男子の見る目も違ってきている。
まあ、いまのほのかの目には男子の姿は微塵も映っていないだろう。
ともかく、キラキラ輝いて見えるほのかは綺麗になった。
綺麗にはなったが……。
「とりあえずこんなところかな」とあかりが言って打ち合わせを終える。
「先に戻るけど、部室でいかがわしい行為は禁止やからね」とひと言釘を刺してからわたしは部室を出た。
話し合いが確認だけで終わり、思っていたより時間が余った。
雑談に当てるのが通例だが、いまは色ボケに感染したくないという気持ちの方が強い。
自分の教室に戻るつもりだったが、気晴らしを兼ねて1年生の教室に行くことにした。
「先輩、おはようございます!」
ダンス部は1年生の部員が多いので、1年の廊下を歩くとあちこちから挨拶が飛んで来る。
なんだか偉くなったような気になるが、そこで勘違いしないように自分を戒める。
過去に習い事のひとつを嫌な先輩のせいで辞めたことがあった。
そこでは先輩が偉そうに振る舞うことが当たり前とされていた。
だから、いま我慢すれば自分たちが上の立場になって好き放題できるなんて話す子もいたくらいだ。
わたしは「そんなんおかしい!」と言ったが空気を読まない異分子扱いされ、周りから目の敵にされてしまった。
……とはいえ上下関係をなくせばええって訳でもないしなあ。
わたしがダンス部に興味を感じたのは部員中心で運営していこうとしていたからだ。
中学だと運動部は顧問の先生の指導に従うだけという感じが多い。
ダンス部は新しくできたばかりということもあって、ほとんどすべてを部員による話し合いで決めていた。
塾や習い事で忙しかったが、こういう体験はほかではなかなかできないと思い、わたしはダンス部に入部したのだ。
いまは副部長だし、部長のあかりから信頼されている。
改革しようと思えばかなり容易にできるだろう。
だが、そんな強権を持つとかえって怖くなる。
いまやダンス部は我が校一の大所帯であり、それをわたしの思いつきで好きにできるというのはメッチャおっかない。
ほのかがこの調子だと止めてくれる人がまったくいないので尚更だ。
「奏颯《そよぎ》ちゃん」と廊下にいる目立つ少女に声を掛ける。
彼女とその周りの子たちが声を揃えて「先輩、おはようございます!」と挨拶した。
わたしは「おはようさん」と笑顔で挨拶を返す。
彼女の周囲にはダンス部1年の主要メンバーが集まっていた。
わたしはその顔触れを確認してから「ちょっとええ?」と切り出した。
奏颯ちゃんは早也佳先輩に憧れているそうだ。
先輩には人を引きつける魅力があった。
彼女の周りに人が集まるのはそんな先輩の持つ雰囲気に近いものがあるからだろう。
「明日のことなんやけど……」と用件を伝えたあと、わたしは気になっていることを質問した。
「最近、藤谷さんが奏颯ちゃんや可馨《クゥシン》ちゃんに話し掛けているようやけど、困ったこととかあらへん?」
あかりたちに見切りをつけた藤谷さんが今週に入って1年生に声を掛けるようになった。
2年生部員がずっと藤谷さんの行動を見張ることはできない。
彼女が支援学級に属していることは1年生たちも知っていて、何かあれば言うように伝えている。
それでも言いにくいことがあるかもしれないと思い、こうして聞いてみた。
「良イ先輩ダト思イマス」と可馨ちゃんが真っ先に答えた。
奏颯ちゃんも「とても丁寧に教えてもらえいました」と話す。
わたしは頬に手を当てた。
かなり意外な話だったからだ。
「指導ノ方法ガ他ノ先輩ト違ッテ面白イ……興味深イデス」
「そうなんや」とわたしが驚くと、「踊る時に気にかけるポイントが『えっ、そんなとこ!』ってのがあって、確かに面白かったですね」と奏颯ちゃんは笑いながら説明した。
そして、「やってみたら意外と上手くできて……。完全に真似をするのは難しいと思いますが、すごく参考になりました」と真面目な顔で言葉を続ける。
藤谷さんはダンスの能力はほのかと並ぶものを持っているが、これまで他人を指導することはなかった。
2年生の間では彼女を問題児扱いして指導をさせようという発想がなかったせいだ。
「ちょっと上から目線なところがありましたが……」と奏颯ちゃんが指摘すると、「高イ技術ヲ持ッテイルノダカラ問題ナイ」と可馨ちゃんが藤谷さんの肩を持つ。
するとほかの1年生も加わって、指導する側と指導される側は対等に近い方が良いか上下がはっきりしている方が良いかで議論が起こった。
みんな堂々と自分の意見を口にするのを目の当たりにすると、うかうかしていたら2年生は必要なくなるやんと思ってしまう。
「話を聞かせてくれてありがとな」と昼休みが終わりに近づいたのでわたしは礼を言ってその場を去る。
2年1組の教室には呆けた顔をしたほのかがいた。
わたしはつかつかと歩み寄ると、これ見よがしに溜息を吐いてから口を開く。
「あかりとラブラブなんはええけど、やることやらんとダンス部を放り出されるで。それでええの?」
††††† 登場人物紹介 †††††
島田琥珀・・・2年1組。ダンス部副部長。柔らかな口調の関西弁に時折毒を混ぜる。
辻あかり・・・2年5組。ダンス部部長。やるべきことはしっかりやるが、考えることは他人に任せがち。
秋田ほのか・・・2年1組。ダンス部副部長。以前はツン:デレが9:1だったのに、いまは0:10に。
藤谷沙羅・・・中学2年生。ダンス部。発達障害があり、ほかにも精神面がやや不安定。ダンスの技術はほのかとともにダンス部双璧をなす。
恵藤奏颯《そよぎ》・・・中学1年生。ダンス部。姉の和奏《わかな》もダンス部だった。その和奏の親友である早也佳に憧れている。
劉可馨《クゥシン》・・・中学1年生。ダンス部。アメリカ育ちの中国人。
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