【オリジナル小説】令和な日々 女子高生編

令和3年7月5日(月)「仕事と学業」初瀬紫苑


「監督が試験受けてこいって。まったく意味が分からない」

 私の愚痴に陽稲は「良い監督さんだね」と相づちを打つ。
 それに対して私がフンと鼻を鳴らすと、可恋が「成人すれば露出の機会も増えるし、アホだとバレたら大変だから心配してくれているんじゃないの」と辛辣な言葉を投げてきた。

「余計なお世話」と私は切って捨てる。

「ハリウッドで成功したいなら、いまは知性が求められるような気はするけどね」

 可恋がさらに痛いところを突いてくる。
 私が顔をしかめると、「まずは英語を身につけないとね」と陽稲がフォローを入れた。
 しかし、私の表情はますます曇る。
 オンラインで英会話のレッスンは受けているが、まったく進展がない。
 レッスン時以外はほとんど勉強していないから仕方がないとはいえ先は長そうだ。

「いまは、目の前の映画のことだけ考えないといけないのよ」

 なぜか映画の撮影中なのに高校の定期テストを優先されられた訳だが、学校でテストを受けている間も役作りを忘れてはいけない。
 私にとってこれが3作目の映画出演となる。
 1作目は主人公の妹ではあるが物語にはほとんど関わらない役をもらった。
 だが、監督が私を気に入ってくれて脚本を大きく書き換え準主役というかダブルヒロイン扱いまで抜擢してもらった。
 大手事務所に移籍したばかりというのもプラスに働いたのだろう。
 結果的に作品は大ヒットし、私はスターダムに躍り出ることができた。

 2作目は私が主役で作られた、言ってみればプロモーションビデオのような映画だった。
 出演者もシナリオもすべて私を引き立てるために存在した。
 映画自体の評価は芳しくはなかったが、コロナ禍という苦境の映画界の中では一定の成果を出せたと言えるだろう。

 そして、この3作目。
 初めて大人向けの映画への出演となる。
 これまでは若者向けであり、出演者の多くも10代20代だった。
 その中で圧倒的な演技力を示してきた訳だが、今回は周囲にいるのはベテラン揃いだ。

 私にとってファンや素人の評価なんてなんの価値もない。
 プロにどう評価されるか、それが今後の役者人生を大きく左右する。
 若い時は存在感を放っていても歳を取るとともに影が薄くなる役者はごまんといる。
 特に女優は若さだけを武器にしがちだ。
 次々と新しい才能が出て来る芸能界でそれだけだと通用しない。

 今回の役柄はかなり難解だ。
 最初は悲劇のヒロインのように登場し、やがて真犯人ではないかと観客に疑われる存在となっていく。
 そして、ラストでは……。
 映画の根幹に関わる役だけに、どんな有名な役者が並んでいても負けない演技をする必要があった。
 いや、ハリウッドを目指すのなら圧倒するくらいの演技が欲しいところだ。

 これまでにない意気込みを持って撮影に入ったが、「初瀬紫苑」としてはそれを表に出してはいけない。
 役柄的にも頑張っている感が出てしまっては台無しになる。
 撮影は私のシーンを中心に進められた。
 私の演技力を見極めようとしていたのだろう。
 だから、ここで数日私を外してもスケジュールには問題はない。
 それが分かっていても、この調子で演技を続けたいと思っていた私にとっては不満の残る仕打ちだった。

 試験は午前中だけなので、新館に寄って昼食を摂ってから帰ることにする。
 午後は暇なので撮影現場に戻りたかったが、監督からもマネージャーからも禁止されてしまった。
 可恋からも「暇なら勉強すればいいじゃない」と言われてしまう。

「学校は役作りの上で参考になる部分もあるから意味はあるけど、テストは人生の役に立たないわ」

「よく知りもしないで決めつける態度が浅はかだね」と可恋は容赦がない。

「紫苑が演じている役って優等生なんでしょ? ここは役通りに勉強するのが役作りなんじゃない?」と陽稲が微笑む。

「役作りってそういうものじゃないよ」と私は突っぱねたのに、同席していたマネージャーが「日々木さんの仰る通りだと思います」と讒言を口にする。

「私の役作りは違うの!」と力説するがこれでは子どもみたいではないか。

 私は咳払いをしてから話題を変える。
 新館のカフェは試験期間中貸し切り状態なので他人の目や耳を気にしなくていいのは気が楽だ。

「そういえば原作者との対談はオンラインになったようよ」

「そう。それは残念」

 この映画の原作者のファンだという可恋は、プロモーションのために私が原作者と対談を行うと聞いて見学したいと熱望していた。
 新型コロナウイルスの新規感染者数が首都圏は増加傾向にある状態では直接会って話すという贅沢は難しいようだ。

「舞台挨拶には同席していただけるかもしれません」とマネージャーが補足すると、「友人代表として花束を持って駆けつけます」と可恋はニヤリと笑う。

「そんなに会いたければ、可恋ならなんとかできるんじゃないの?」

 一介の高校生には無理なことでも可恋ならできてしまうだろう。
 それだけの知識・人脈・経済力を彼女は持っている。
 ミステリ作家と面会するくらいなら難しくはないのではないか。

「なかなかコネクションがないからね」

「そうなの。可恋なら出版社を自分で作って関わりを持つくらいやりそうなのに」

 私の冗談に彼女は真剣な目で「それも考えているんだけどね」と答えた。
 さすがは可恋と言うべきだろうか。

「電子書籍専門の出版社――もう出版という言葉がどうかとも思うけど――として、電子書籍の新たな可能性を切り拓いてみたいという気持ちはあるよ。ただ私ひとりじゃ無理だから経営や編集を任せられる人が何人か必要なの」

 その語り口からは相当明確なビジョンが存在しているように感じられた。
 本をあまり読まない私よりもマネージャーが即座に反応した。
 電子書籍の新たな可能性という言葉に食いついたようだ。

「書店に並ばない以上、電子書籍の課題のひとつはいかにその存在をターゲットの読者に知ってもらうかにあります。既存の出版社は紙の本のやり方を踏襲しているのでその点が弱いと感じています」

 そこで広告やプロモーションの強化が大切になってくる。
 彼女は薄利多売ではなく1作1作にお金を掛けた売り方を考えているらしい。

「アニメや実写などのプロモーションムービーとセットにした売り方を考えています。購入者にはよりクオリティやボリュームのあるPVが見られるようにするとか」

「それってもう本じゃないんじゃない?」と私がツッコミを入れるが、「紙の本の形式に縛られる必要はないから。音楽とセットにするとか、もっとイラストを増やすとか、高くても欲しいという人がいれば成立するはず」と可恋は意に介さない。

「例えば、ムービーや写真集付きの初瀬紫苑エッセイ集を出すとして、これくらいの価格設定で、発行部数は電子書籍だと自由自在ですが限定版はレアなイメージをつけるためにナンバリングを入れて絞るとか……」

 可恋は完全に商売人の目になってマネージャーと突っ込んだ話を始めた。
 この調子だとうちの事務所と共同出資で出版社を立ち上げるなんてことになるかもしれない。

「ところで、そのエッセイって誰が書くの?」という陽稲の言葉が出るまでそのビジネスの熱いトークは続いたのだった。


††††† 登場人物紹介 †††††

初瀬紫苑・・・臨玲高校1年生。生徒会広報。令和元年クリスマスの時期に公開された映画でブレイクを果たした人気若手女優。同世代からカリスマ的な支持を受けている。

日野可恋・・・臨玲高校1年生。生徒会長。この高校内にある新館(カフェ含む)の運営を行っているのは彼女が設立したプライベートカンパニー。趣味は読書で、ミステリのファン。

日々木陽稲・・・臨玲高校1年生。生徒会副会長。芸能界にデビューしてもおかしくないくらいの美少女。日本人離れした顔立ちの持ち主。

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