【オリジナル小説】令和な日々 女子高生編
令和3年9月13日(月)「剣持先輩」梶本史
「絶対に映画にするべきよ」
2学期に入り、あたしが所属する映研は臨玲祭で何をするかで揉めていた。
正確に言うと、ひとりを除いて例年通りの展示で良いと考えている中で剣持先輩だけが映画の撮影を主張しているのだ。
「そうは言うけどさー」
顔の半分がマスク、もう半分が小顔に不釣り合いな大きな眼鏡で覆われた鳥打部長が眉尻を下げている。
多数決を採ればすぐに決まるだろうが、彼女は剣持先輩に納得してもらいたいという気持ちを滲ませていた。
「うちらだけで映画なんて撮れるの?」と榊原先輩が部長の言葉の続きを口にする。
その口調からはできないと思っていることがありありとうかがえた。
映研は部員数が少ないし、映画を観るのが好きなだけで作りたいと思ったことがない人ばかりだ。
「やろうと思えばできる」と断言する剣持先輩を疑わしそうに眺める榊原先輩という構図が最近はずっと続いている。
部長は「撮ろうと思えばできるんだろうけど、生徒会のアレに比べるともの凄くちゃちなものになるよ。それでも良いの?」と剣持先輩に問い掛けた。
あたしと部長、剣持先輩の3人は生徒会が臨玲祭で発表する短編映画の撮影に参加した。
その華やかさに魅了され、感動を覚えたのは少し前のことだ。
あの得がたい体験をもう一度と剣持先輩が思ったのは理解できるが、あたしたちにそれを再現することは不可能だろう。
「やってみてダメなら諦めるわ」
それでも剣持先輩は引き下がらない。
彼女は意外と行動力があり、みんなには内緒でTikTokに動画を上げたりしている。
あたしは夏休みの頃からそれを手伝わされている。
素人動画の域を超えていないが、彼女の真剣さは伝わって来た。
うーんと腕を組む部長と話にならないという表情の榊原先輩。
1年生部員であるあたしと王寺さんは平行線を辿る議論に口を挟まずにいた。
ただ王寺さんの様子を見ると、失敗しそうなことに時間や労力を掛けるのを嫌がる気持ちがあるみたいだった。
……まあ、そうだよね。
大人は簡単に挑戦してみろなんて口にするが、いまの時代は情報が溢れていてやる前から結果が見えていることは多い。
それでもやるなんて無駄でしかない。
動画撮影の手伝いだって先輩の命令だから仕方なく聞いているだけで、熱意は認めても成功する可能性の低い頑張りはあまり価値がないと思ってしまう。
「演劇部に行けば?」と辛辣に榊原先輩が言えば、「演技がやりたい訳じゃない」と剣持先輩は反論する。
「映研じゃなくてもいいじゃん。クラスで提案したら? キラリの話なんて誰も聞かないか」
人の悪い笑みを浮かべた榊原先輩を「ネコ、言い過ぎ」と部長が注意した。
榊原先輩は不満そうな表情を浮かべて大げさに肩をすくめた。
「初瀬さんに出演を交渉してみたらどうですか? 彼女が出てくれるのなら全面的に協力するとか」
王寺さんが気まずくなった空気を変えようと明るい声でアイディアを出す。
だが、剣持先輩はフンと鼻を鳴らしてそれを一蹴した。
先輩にとって映研での映画は自分が主役という前提なので、初瀬さんに出てもらう気なんて微塵もないだろう。
「こういう意見の対立があって似たような部が乱立していったのかもしれないね」とぽつりと呟いた部長は、「映研的には映画を撮りたいという部員の気持ちは蔑ろにしたくないんだ」と言葉を続けた。
「だったら」と口を開く剣持先輩に、「でも、やりたくないって部員に対して強制もできないよね」と部長は内心を吐露する。
部室は重苦しい空気に包まれた。
換気のために開けてある窓から熱風が吹き込み、制服が汗でべとつく感じがする。
マスクの中の口の周りも汗が浮いて不快感が募った。
「分かった」
沈黙を破ったのは剣持先輩だ。
彼女は席を立つとほかの部員たちを見下ろした。
「役者とカメラマンのふたりいれば映画は撮れるわ」
嫌な予感がする。
嫌な予感しかしない。
あたしは恐る恐る剣持先輩の顔を見上げた。
目が合った。
すぐに目を逸らすがもう遅い。
「史、行くよ」
「行くって、どこへですか?」と声を上げたあたしに、「旧館を使えるように生徒会と交渉する」と先輩は切れ長の目に力を籠めて言った。
交渉なら先輩ひとりだけでも……と口にしたかったがもちろんできはしない。
あたしは引き留めて欲しくて部長の顔を見たが、彼女はホッとしたように曖昧な笑みを浮かべていた。
榊原先輩はご愁傷様といった表情であたしを見ている。
一方、王寺さんはニヤニヤ笑っていた。
自分が関わらずに済んだ上、あたしが大変な目に遭うことを楽しんでいる様子だ。
「遅い」と剣持先輩から怒鳴られ、あたしは慌てて立ち上がりあとを追った。
なんであたしばかり貧乏くじを引くのだろう。
部室棟の廊下は西日が差し込み、あたしは目を細めた。
「史は初瀬紫苑とクラスメイトでしょ。衣装とか機材とか借りられるものがないかどうか聞いてみて」
「ほとんど話したことがないから無理ですよ……」と小声でぼそぼそと答えるが剣持先輩の耳には届かない。
「榊原の鼻を明かしてやる」と先輩は決意に燃えているが、あたしをそれに巻き込まないで欲しいものだ。
「史。絶対に成功させるからね」
夕陽に照らされそう語る先輩の美しさにハッとする。
ズルいよね、美人は。
あたしはこっそりと溜息を吐きながら、それでもいまの先輩の顔を脳裏に焼き付けた。
これから起こる大変さに比べればほんの些細な役得だ。
ほんの些細だけれど、見られて良かったと心から思う。
いまみたいな顔を撮ることができれば……。
††††† 登場人物紹介 †††††
梶本史《ふみ》・・・臨玲高校1年生。映研所属。初瀬紫苑とクラスメイトということで部長から映研に勧誘された。断ることが苦手な性格。
剣持輝里《きらり》・・・臨玲高校2年生。映研所属。自他共に認める美人だが、臨玲では容姿よりも財力で評価される傾向にあるため、そのことを苛立たしく感じている。
鳥打《とりうち》菜種《なたね》・・・臨玲高校2年生。映研部長。大きな眼鏡がトレードマーク。
榊原音子《ねこ》・・・臨玲高校2年生。映研所属。
王寺《おうじ》珠実《たまみ》・・・臨玲高校1年生。映研所属。先輩たちからは「タマちゃん」と呼ばれている。
初瀬紫苑・・・臨玲高校1年生。知名度抜群の映画女優。同世代から圧倒的人気を誇る。
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