【オリジナル小説】令和な日々

令和2年3月19日(木)「春」野上月


 今日はハツミとショッピングモールへ出掛けた。
 最初は横浜まで行く予定だったが、夕方から雨という予報を聞いて近場で済ませることにした。
 ハツミは春物のジャケットが欲しいと言っていたが、どちらかと言えば気分転換のウェイトの方が大きいだろう。
 彼女はわたしと違って真面目だから、学校の言いつけを守ってあまり出歩いていない。

 ショッピングモールは新型コロナウイルスの問題があってもあまり混み具合は変わっていないように感じる。
 特に中高生と思しき集団をかなり見かける。
 おとなしくしていられる生徒はいいが、どうしたって一定数は大人の言うことなんて聞こうとしないのだから、休校はそういう人たちを野放しにしただけのようにも見える。
 若年層は重症化しにくいという報道もあって深刻に捉えていない若者も少なくない。

「混んでいるね」とハツミは表情を曇らせる。

 彼女は普段から大人っぽい。
 今日はストライプシャツにネイビーのロングスカートという出で立ちで、まず大学生に見られるだろう。
 サングラスも様になっていて、美形はどんな装いをしても似合うと改めて思わされた。
 一方、わたしもメイクをしっかりして大学生っぽさを演出した。
 高校生だとバレたらいろいろ言う人がいるのでこういう細工は大切だ。

 カナやアケミにも声を掛けたが断られた。
 アケミは妹の面倒を見る必要があるし、カナは可恋ちゃんとよく接触するため人一倍感染に気を使っている。
 それが分かっていたから無理には誘わなかった。

 それにふたりは課題を頑張っているようだ。
 高校からは突然の休校にもかかわらず夏休みの時のような大量の英語の課題が出された。
 夏休みは多くの1年生が提出できずに補習を受けた。
 わたしはハツミたちと協力して乗り越えたが、今回は諦めて自分のために時間を使っている。

「ハツミは課題やっているの?」と聞くと、「オンラインで英会話のレッスンを受けているから、そっちを優先させているの」とハツミは答えた。

 わたしも興味があるので「どんな感じ?」と尋ねると、「しっかり予習復習しながら受けると身に付いた実感があるかな。可恋ちゃんから文法は学校で十分なので、単語やイディオムをその使いどころやニュアンスと一緒に覚えたらと言われたのよ」と教えてくれた。
 大学入試に英語の民間試験導入は見送られたが、学校の授業も昔のような読み書き一辺倒からは変わってきている。
 それでも今回のような長期休暇の課題ではどうしてもそういう部分に偏ってしまうのは仕方ないのだろう。
 動画などを使えばいいのにと思うが、全員がアクセスできる環境でないとダメなんだろうね……。

 夏休みの時は2学期最初の実力テストで好成績を上げれば課題ができていなくても補習は免除だった。
 今回もそういう措置があればわたしにもワンチャン……と思うが、勉強不足は否めない。

 傍から見れば遊び回っているだけかもしれないが、わたしなりにこの休校期間を活用しているつもりだ。
 インターネットを使って何かやろうかと考えたが、可恋ちゃんから『明確なアイディアがあってインターネットに詳しい人と繋がりたいというのなら協力しますが、単に知り合って何かできたらいいなという程度なら別の手を考えた方が良いと思います』と示唆された。

『別の手?』と尋ねると、『インターネットだと後発になりますよね。それより自粛が緩和された時に感染防止の枠内でどんなことができるか考え準備しておいた方がいいんじゃないですか』と相変わらず中学生とは思えない回答をした。

 インターネットを使うにしても何をしたいかで必要な技術は違う。
 それに不特定多数を相手にするのではなく、リアルな繋がりを元にリアルでできない部分をインターネットで補うような形を考えてみたらと提案された。
 それを受けて紹介制のビデオチャットルームでプチ合コンのような企画を始めている。
 相手の素性が分かっているから安心だと好評だが、今後トラブル対応をどこまでするかなど考えなければならないことも多そうだ。

「あんまり外に出ないから、春が来たって感じがしないよね」

 ハツミの言葉は多くの学生たちの実感なのかもしれない。
 わたしは全然家にいないので例外だが、引き籠もり生活では季節の移り変わりは感じにくいだろう。

「散歩くらいはした方がいいんじゃない」と勧めたが、「そうなんだけど、出不精になっちゃう」と彼女は眉尻を下げた。

 ハツミなら散歩に行くだけでも身だしなみをバッチリ整えないとダメなのだろう。
 その煩わしさを思えば、彼女の気持ちはよく分かる。

「家に居る時だってそんなにだらけた格好はしていないよ」とわたしが納得したのを見てハツミが反論した。

「いつも美女モードって疲れない?」

「美女モードって何よ」とハツミは苦笑する。

 中身は普通の高校生とそう大きく変わらないと思うが、大人びた印象は強い。
 ちょっとした振る舞いにしても普通の高校生との違いを感じることがある。
 積極的に人の輪に入っていくタイプではないので、男子からは高嶺の花のように見られている。

「子どもっぽいところを見せないし、わたしのように大口開けて笑わないし」と説明すると、「私、自意識過剰なのよ」とハツミはサラリと言った。

「ちょっと弱みを見せた方がモテるんじゃない」と言うと、「モテなくていいわよ」と眉をひそめる。

 まあクラスの男子程度では釣り合いが取れないよね。
 友人からの恋愛相談では高望みしないように忠告することが多いが、ハツミの場合はどれだけ高望みしてもOKと思ってしまうくらいの美女だからなあ。
 わたしの知り合いの大学生なら何人か釣り合いそうな男性がいたが、ハツミから紹介してと言われない限りはただのお節介だろう。

 いっそ愛羅さんと……と言い掛けて止めた。
 冗談にしてはどちらに対しても失礼だ。
 愛羅さんはハツミとは異なるタイプの美女で、包容力があり、母性を前面に出している。
 本人に直接聞いた訳ではないが、同性愛者だという噂は聞いた。
 ハツミに対する視線が特に性的だと感じたことはないが、興味を持っていることは確かだ。

 実は、中学生時代にわたしは女子に告白されたことがあった。
 わたしは基本的に告白されると断らない。
 誰かと付き合っている最中は別だが、とりあえず付き合ってみることにしている。
 その際に「自分勝手な行動をしたらその瞬間に別れるから」と断りを入れている。
 そして、それを実行している。

 中学生の男子が相手だと長続きはしなかった。
 最短はそう告げた瞬間に押し倒そうとして来た馬鹿で、張り倒して逃げた。
 高校生や大学生だとそれなりの扱いをしてくれる人もいた。
 ただわたしは冷めていて、ひとつひとつの行動に相手の下心を分析してしまい素直に受け取れなかった。

 女子からの告白もとりあえずは受け入れた。
 でも、友だち関係とほとんど変わらなかったので、恋人じゃないよねと思ってしまった。
 相手もそれに気付いたのか普通に友だちでいようという結末になった。

 正直、高校生のわたしでは愛や恋といったものが分かっているとは言い難い。
 愛情と友情の違いだってはっきりしない。
 いま可恋ちゃんとヒナちゃんがふたりで暮らしていて、カナはそれを新婚家庭のようだなんて言うけど、そこにある感情をありきたりな言葉で決めつけていいのかと思ってしまう。

 大人になれば分かるのかもしれない。
 いまはそれでいいかと思っている。
 いまのわたしには愛だの恋だのより楽しいことがあるのだから。


††††† 登場人物紹介 †††††

野上月《ゆえ》・・・高校1年生。人脈作りが趣味。顔の広さはかなりのもの。

久保初美・・・高校1年生。帰国子女だが英語に苦手意識があった。レッスンでネイティヴから発音や耳が良いと褒められ喜んでいる。

日々木華菜・・・高校1年生。ゆえの親友。趣味の料理を将来の職業へと捉えるようになった。

矢野朱美・・・高校1年生。休校中は共働きの両親に代わって小6の妹の面倒を見ている。

日野可恋・・・中学2年生。陽稲とその姉の華菜以外との面会を避けているが、電話等での連絡には積極的に対応している。

茂木《もぎ》愛羅《あいら》・・・大学2年生。大手広告代理店を就職先として考えている。学生イベント界隈ではその名はよく知られている。

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