【オリジナル小説】令和な日々

令和2年1月16日(木)「一歩前進」日々木華菜


 年が明けてからほぼ毎日のように可恋ちゃんの家に夕食作りに行っているため、学校が終わると飛んで帰っていた。
 微熱続きで、そこまでやつれている感じではないけど、いま無理をすると肺炎など重症化する危険が高いらしい。
 妹のヒナほどではないにしても、わたしも心配しているし、ひとりで過ごす時間が多い可恋ちゃんのためにしてあげられることはしてあげたい。
 ただ可恋ちゃんもわたしに気を使ったのか、今日は空手道場の先生が来てくれるので夕飯は大丈夫だと言われた。

 そんな訳で今日は久しぶりに放課後ゆえたちと寄り道をした。
 ファッションショーの計画について進展があり、ゆえが色々と話をしたいというのでファミレスで腰を落ち着けて聞くことになった。
 わたし同様に家の手伝いですぐに帰ることが多いアケミもゆえに頼まれて今日は参加している。

 ゆえとハツミは夕食もここで食べて帰る気満々といった感じでドリンクバーを注文し、わたしとアケミはそう長居ができないので普通にドリンクを注文する。
 飲み物の準備ができたところで、ゆえが早速話を切り出した。

「なんとかファッションショーができそう。時期はゴールデンウィーク。場所は横浜の貸倉庫を使ったレンタルスペース」

 ゆえが興奮気味に早口でまくし立てた。
 これまでファッションショーをすると言っていても、何も決まっていないからピンと来なかった。
 こうして具体的な計画を聞いて初めて、本当にファッションショーをやるんだと実感する。

「凄いね」といちばん乗り気なハツミが声を上げる。

「横浜を中心に片っ端からファッション系のお店に連絡を取って話を聞いて欲しいとお願いしたの。ほとんどは断られたけど、話を聞いてくれたお店は協力してくれるところが結構あって、衣装の方はある程度目処が立ったと思う」

 年末は小売り業は忙しい時期だが、年始になれば少し時間に余裕があるだろうと踏んで、手当たり次第に連絡を試みたらしい。
 その行動力はさすがだと思う。

「スタッフはこれまでわたしが手伝った他所の高校や大学の人たちに協力してもらえると思う。ただね……」

 それまで滑らかに口を動かしていたゆえが初めて躊躇う姿を見せた。
 わたしが小首を傾げると、「手伝ってくれる人は男の人が多いんだけど、手癖が悪そうな人が何人かいてね。そういう人たちを完全に排除するのは無理そうなのよ」とゆえが言葉を続けた。

「あー」と納得するような声を出したのはハツミだ。

「私はある程度慣れているけど、他の子が心配よね」

 ハツミはただ歩いているだけで男の人たちが振り返るくらいの美女だ。
 わたしはヒナでそういう周囲の反応には慣れている。
 しかし、アケミはハツミと一緒に外を歩くとそんな視線が飛んで来て、怯えた様子を見せることもあった。。

「できる限り釘を刺しておくし、可恋ちゃん人脈に頼るつもりだけど、みんなも気を付けてね。イケメンが寄って来てもほいほいついて行かないように」

 可恋ちゃん人脈とは空手関係の繋がりだろう。
 キャシーがモデルとして参加するようだし、ヒナも何らかの形で協力することになるはずだ。
 ヒナを守るためなら可恋ちゃんは容赦をしないはずなので、ゆえにはしっかりと釘を刺してもらわないと男の人の方が痛い目を見ることになりそうだ。

「可恋ちゃんには補導された時に警察関係の人脈を作るチャンスだったのにって言われたわ。次からはそうするって答えておいた」とゆえは冗談を飛ばす。

 だが、可恋ちゃんもゆえもどこまでが冗談か分からないところがあるから怖い。

「あとの問題はお金ね」

 ゆえが表情を引き締めて口にした。
 可恋ちゃんはお金なんてどうにでもなると言うが、普通の高校生にとってはこれが最大のネックだろう。

「可恋ちゃんからNPOで繋がりがある大手企業を紹介してあげようかって言われているんだけど、オヤジからは地道にお金を出してくれるところを自分の足で探した方が良いって言われているの」

 ゆえのそんな言葉を聞くと、同じ高校生なのに住む世界が違うんじゃないかと感じてしまう。
 可恋ちゃんの方は別次元の中学生だけど。

「それで、どうするの?」とわたしが尋ねると、「とりあえずオヤジに言われた方向で進めるつもり」とゆえが答えた。

「私たちは何をすればいいの?」とハツミが質問する。

「可恋ちゃんたちが文化祭で開催したファッションショーのレポートを元に、必要な準備と予算を具体的に計算して欲しいのよ」

「任せてって簡単には言えないけど、できるだけ頑張るよ。困ったら可恋ちゃんに頼っていいんだよね?」とわたしが三人を代表する形で答えた。

「うん。見積もりが出たら、それをオヤジのポケットマネーから借りることになっているの。それを返せるかどうかは、わたしがお金を集められるかどうか次第」

「集められなかったら?」と聞くと、「社会人になって数年はお給料の大部分を借金返済にむしり取られることになる」とゆえはウンザリした顔をした。

 それでも計画が前に進みつつあることで、ゆえはとてもポジティブに見える。
 これからやり遂げるぞという気持ちが伝わってくる。

「あとね、今回の企画に中心メンバーとして関わりたいって言ってくれた女子大生がいるのよ。性格はちょっと変わっているけど、実務能力が高いから今度紹介するね」

 そう語るゆえの目がなぜか泳いでいる。
 不審に思って「どういう人なの?」と聞くと、ゆえはハツミをチラッと見てから「あー……、なんだかハツミのことを気に入ったみたいで……」と言葉を濁す。

「女の人よね?」とハツミが確認すると、ゆえは頷いてから「本当かどうかは分からないけど、女性に関心があるってもっぱらの噂」と言いにくそうに告げた。

 ハツミの許可を得て、モデル役の目玉として協力者を得る際に彼女の写真を見せて回っている。
 男の人だけでなく女の人にまで食い付かれたようだ。
 ハツミは「分かっていれば大丈夫」とサバサバと答えている。
 わたしとしてはヒナのために用心が必要だろう。

 話し合いが終わり、わたしとアケミは席を立った。
 外はどんよりと曇り空で、夕闇が迫っていた。
 ファミレスが暖かかったので寒さが身に染みるが風がないだけマシだ。

「アケミは……、無理しないでいいからね」

 ファッションショーに乗り気なゆえやハツミと違い、アケミは巻き込まれた感じだ。
 わたしの場合ファッションショーそのものより、ゆえに協力したいという想いが強い。
 アケミはわたし同様家の手伝いが多いし、勉強も頑張っている。
 はっきりノーと言える性格ではないから、無理をしていないかと心配になる。

「ゆえからもよく言われるけど、無理なら無理とちゃんと言えるよ」

 アケミはそう言って微笑んだ。
 わたし以上に周囲に気を配るゆえがアケミに無理をさせることはないよね。
 余計な気遣いだったかと反省する。

「みんなと何かを作ろうとするのは楽しいもの。できるだけ協力したいと思っているわ」

 その言葉が本心からのように聞こえ、わたしは安心した。

「でも、心配してくれてありがとうね」

 アケミのはにかむような笑顔に、余計な気遣いだと思ったことを反省する。
 ちゃんと言葉にして伝えることが大切なんだと彼女の笑顔は教えてくれた。


††††† 登場人物紹介 †††††

日々木華菜・・・高校1年生。趣味は料理。可恋ちゃんの家のシステムキッチンは使いやすくて最高。

野上月《ゆえ》・・・高校1年生。趣味は人脈作り。夕飯は外食することがほとんど。

久保初美・・・高校1年生。趣味は美容・自分磨き。外食はカロリーがねえ……と言いつつ今日はゆえに付き合うことに。

矢野朱美・・・高校1年生。趣味は特になし。共働きの両親に代わって妹の面倒を見るのが日課。

日野可恋・・・中学2年生。ちなみに、師範代の料理の腕は意外と優秀。ただし、作り過ぎるきらいがある。

日々木陽稲・・・中学2年生。当然のように可恋の家に寄り道して今日も一緒に夕食を摂った。師範代に家まで送ってもらった。

キャシー・フランクリン・・・14歳。G8。毎日キロ単位で牛肉を平らげる大食らい。

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