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【オリジナル小説】令和な日々 女子高生編

令和3年10月15日(金)「チケット」網代漣


「ねえ、真夏に臨玲祭のこと教えたの、ひより?」

 2学期から授業によっては習熟度の差に別れて受けることになった。
 文系の科目ならわたしもそこそこの点を取れているが、理系は壊滅している。
 そして、習熟度別クラスが導入されているのはほぼ理系科目だった。
 よってこれらの授業では、満遍なく平均より上の点を取れるキッカとは別々のクラスになってしまっている。
 幸い、ひよりや淀野さんとは同じクラスなので絶望するほどではないものの、学力だけで評価されることに納得いかない気持ちがあった。
 何よりキッカと離れ離れになったことは落ち着かない感じがした。

「何のこと?」とひよりに素で返された。

 嘘をついているようには思えない。
 わたしは流れのまま説明を加える。

「昨日、真夏からチケットのこと聞かれてさ」

「送ってないの?」と真顔で問われて、わたしは「え、だって、入場を認めるかどうか決まったのもついこないだだし……」と言い訳を口にする。

「ダメだよ! ちゃんと渡さないと!」

「あ、うん……」

 だんだんと居心地の悪さを感じて、声も小さくなっていった。
 いや、分かってはいるのだ。
 臨玲祭の入場チケットを真夏に送らなきゃいけないとは。
 わたしは真夏とつき合っているんだし、彼女が見たいと言っているのだから。

 ひよりから威圧されて耐え切れなくなったわたしは「でも、誰から聞いたんだろう」と話題を逸らす。
 すると、横から淀野さんが「臨玲のサイトに書いてあるじゃない」と指摘した。
 わたしがスマートフォンを取り出してチェックすると、臨玲祭のページができていた。
 学校からの連絡はアプリから送られてくるので公式サイトを見るのは志望校を決める時以来かもしれない。
 その時よりも見映えが良くなった気がするなと思いながら、そこにある『入場を希望されるみなさまへ』と書かれたリンクを辿った。
 そこには入場チケットのことなど、入場方法が詳細に記載されていた。
 臨玲祭があるとは話していたので、真夏はこれを見たのかもしれない。

「日々木さんからちゃんと向き合えって言われたんじゃないの?」

 ひよりの責めるような言葉に、わたしは助けを求めるように淀野さんを見た。
 だが、彼女は肩をすくめるだけだ。
 わたしが「恋人なんでしょ、助けてよ!」と目で訴えかけると、「それができたら苦労はしない」と途方に暮れる顔が返ってくる。

 わたしたち3人の間では、キッカがいれば真夏の話をしないことが暗黙の了解になっている。
 しかし、習熟度別クラスではひよりからこうして苛まれることが多い。
 そのこともあってこの制度は大嫌いだった。

「向き合おうとは思っているんだよ。面と向かって会う機会がないから手紙を書こうかなって考えたんだけど、これまで何十通も書いてきたのに今回は全然筆が進まなくて……」

 LINEでは毎日やり取りしているし、電話もしょっちゅう掛かってくる。
 何度か話を切り出そうとはしたが、改まった話をする雰囲気にならず断念した。

「別れ話って訳じゃないんだから、もっと普通に話したらいいのに」と言うひよりに、「別れ話こそLINEで良いんじゃない? 後腐れがなくなって」と淀野さんが口を挟む。

「そんなことをしたら草の根を分けてでも捜し出し、首根っこをひっつかんで性根を叩き直してあげるわ」

「ストーカーじゃん」

「私に手を出したことが運の尽きだったのね」

 ひよりは笑っているのに目が怖い。
 わたしがそんな目で睨まれたら縮み上がってしまいそうだが、淀野さんは飄々としている。

「大丈夫。これまでこちらから別れようと言ったことがないんだ。全部向こうからフラれただけで」

「二股するからでしょ!」

「だって、ハーレムってロマンじゃない」と淀野さんはひよりの怒声をどこ吹く風と受け流す。

 そして、わたしに向かい「ハーレムの道も二股からって格言があるんだし、頑張って突き進め。好きな子がかぶらない限りは応援しているから」とニッコリ微笑んだ。
 ひよりから「ないよ!」という叫びとともに怒りの鉄拳が飛んでくるが、ひょいと躱すと「いちばん好きなのはひよりだから。ほら、機嫌直して」と甘い声を出した。
 周囲はいつものじゃれ合いといった感じで生暖かい視線を送るだけだ。
 ひより的にはこれだけ目立てば淀野さんはほかの子に手を出せないと考えているようだ。
 ただ、最近は淀野さんの人気が上がっているのでひよりの期待通りになるかどうかわたしには分からなかった。

 チャイムが鳴るとガラリと教室内は静かになる。
 ここより下のクラスには行きたくないという思いからか授業の集中度は高い。
 わたしも数学に気持ちを切り換えようとするが、どうしてもチケットのことが気に掛かってしまう。
 真夏が臨玲祭に来ればキッカと会うことになるだろう。
 そうなったら、どうなってしまうのか。
 まったく予想はつかないが、修羅場の予感しかしない。

 チケットを取れなかったことにすることも考えた。
 だが、もうひよりに話してしまったので彼女経由で真夏に伝わるかもしれない。
 真夏に嫌われたくはない。
 彼女の望みではないみたいが、わたしはいままでの関係を続けたいだけだ。
 それは許されないことなのだろうか。

 数学の話がまったく頭に入らないまま授業が終わった。
 これでリカたちのいる下のクラスに一歩近づいた。
 背筋に冷たいものが走る。
 真夏のせいにする訳ではないが、2学期に入ってから勉強にあまり手がつかない日々が続いている。
 このままじゃマズいと思っているのに解決を先送りしたいわたしがいた。

「漣って出番は1日目だったよね。2日目に替えてもらえるよう凛に話しておくね」

「え?」

 授業が終わってひよりに話し掛けられたが、一瞬何のことか分からなかった。
 しかし、「臨玲祭」と言われて腑に落ちる。

「別にいいよ」

「そうはいかないよ。カノジョに漣の晴れ姿を見てもらわないと」

 臨玲祭でわたしたちのクラスは落語会を行う。
 全員に5分程度の持ち時間を割り当て、そこで何をするのも自由だと言われた。
 落語じゃなくてもいいそうだ。
 とはいえ何かできることがほかにある訳でもないので、わたしたちは簡単に覚えられそうな演目を探し出したところだ。
 キッカなんてもう落語っぽい感じになってきている。

「どういう理由で替えてもらうつもり?」と問うと「親友が見に来るで十分じゃない」とひよりはさも当然そうに言った。

 その言葉に衝撃を受けた。
 もしつき合うという話がなければ、わたしは真夏に臨玲祭を見に来て欲しいと思ったはずだ。
 いままで通りの関係を続けたいと思いながら、いままで通りができていないのはわたしの方だったかもしれない。

「分かった。よろしく」とひよりに任せると、わたしたちは自分たちの教室に戻った。

 そして、いぶきに声を掛ける。
 入場チケットの申請方法を聞くために。


††††† 登場人物紹介 †††††

網代《あじろ》漣《れん》・・・臨玲高校1年生。浜松から鎌倉に引っ越してきた少女。真面目だが優柔不断な一面も。趣味は手紙を書くこと。

岡崎ひより・・・臨玲高校1年生。親の再婚により貧乏生活から一変した。周りの目を気にして素を出せないようになっていたが、いろはとつき合うようになってそんなことをいってられなくなった。

淀野いろは・・・臨玲高校1年生。大量の美少女を侍らせることを夢見ているが、ひよりの性格を読み違えてこの状況に陥った。女の子を口説くのは大変上手。

飯島輝久香きくか・・・臨玲高校1年生。気さくで面倒見が良く誰からも慕われるタイプ。堅苦しいことが嫌いで校則の厳しい私立中学から外部進学した。

田辺真夏まなつ・・・浜松市在住の高校1年生。漣の中学時代からの親友。中学ではクラスの中心に位置していた。この夏休みに漣に告白した。

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