【オリジナル小説】令和な日々

令和2年3月14日(土)「ホワイトデー」日野可恋


 突然真冬に戻ったかのように寒い一日だった。
 部屋の中でぬくぬくと過ごしていた私やひぃなには関係なかったが、冷たい雨の中をわざわざ来てくれた華菜さんには申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

「わざわざ、すみません」「ごめんね、お姉ちゃん」と私たちが迎え入れると、華菜さんは笑顔で「気にしないで」と言ってくれた。

 今日華菜さんが来たのはホワイトデーだからだ。
 ひぃなが注文した商品を持って来てくれたのだ。
 こんな悪天候の日に無理しなくてもと私は思うが、ひぃなはこういうイベントごとはきっちりやりたいタイプだ。

 ふふふんと上機嫌なひぃなは華菜さんから包みを受け取って、「確認してくるね」と客間に向かった。
 ひぃなは通販より店舗でいろいろ見たり話したりしながら買うことを好む。
 しかし、いまはそれは難しい。
 華菜さんと行って来たらと勧めたが、ひぃなはリスクを避けインターネットで注文した。

 華菜さんに温かい紅茶を淹れて出す。
 一口大のショコラをツーピース添える。

「温まるわぁ」と喜んでくれる華菜さんと夕食について打ち合わせをしているとひぃなが笑顔で戻って来た。

 その小さな手には二つのリボンが掛かった小箱。
 プレゼントのやり取りは夕食後を考えていたが、どうやら待ち切れないようだ。

「これはお姉ちゃんに」と細長い小箱を華菜さんに差し出した。

「ありがとう」と華菜さんは嬉しそうに受け取った。

「これは可恋に」とひぃなは自信満々な表情を見せた。

 バレンタインデーのあとからリベンジすると何度も言っていたので相当考え抜いたプレゼントなのだろう。
 私はニッコリと微笑みながらそれを受け取った。
 小さい割にずっしりとした手応えがあった。

「ありがとう。開けていい?」

 ひぃなが頷くのを見て、私は包装を丁寧に解いていく。
 箱の中にあったのはラベンダー色の香水だった。

「ヘアミストなの」とひぃなが説明してくれる。

「スッキリした香りね」とオシャレな小瓶に入った香水の芳香を嗅いで感想を述べた。

「可恋に合うと思うの」と胸を張るひぃなに、「トレーニングで汗臭いことが多いから気を付けるね」と私は言った。

 トレーニング後すぐにシャワーを浴びたりしているが、少し不快に思われていたかもしれない。
 しかし、ひぃなは「そういう意味じゃないの。可恋の汗の匂いはそれはそれで……」と顔を赤らめながらしどろもどろに言い訳する。

 華菜さんへのプレゼントは赤いヘアバンドで、料理をする時に最適な実用品でもあった。
 ひぃなは早速それを華菜さんの頭に巻き付け、「似合っているよ」と満面の笑みを浮かべた。

 華菜さんも鞄から包みを取り出し、私とひぃなに手渡した。

「あんまり高いものじゃないんだけど……」と恐縮しているが、普段からお世話になっているので、こちらこそ恐縮してしまう。

 プレゼントは私とひぃなで色違いのブックカバーだった。
 シンプルな無地のもので、おそらく私の趣味に合わせてくれたのだろう。

「ありがとうございます」「ありがとう、お姉ちゃん」と私とひぃなが口を揃えてお礼を言う。

「ヒナがもっと本を読めるようにと思ってね」と華菜さんが微笑む。

「読んでるよぉ」とひぃなは頬を膨らませるが、読書の習慣が身に付いているとは言い難い。

「私が課題として出した本は頑張って読んでるけど、自分から読もうとはしてないしね……」と私が指摘すると、ひぃなは言葉を詰まらせた。

「それじゃあ私の番ですね」と言って、私は自分の部屋にプレゼントを取りに行った。

「うわあ……、包丁!」と華菜さんが驚く。

「出刃包丁です。うちにあるのは三徳包丁だけなので」と言ったあと、「プレゼントと呼べるかどうか……。うちで使ってもらう想定ですから」と付け加える。

 それでも目を輝かせて「ありがとう。大事に使うね」と喜んでもらえたので贈った甲斐があった。
 出刃包丁は魚を下ろすのに使われるので、これからしばらくは魚料理が増えそうだ。

 一方、ひぃなに贈ったのはコンパクトミラーだ。
 一応ブランドものだが、軽さとシンプルさを基準に選んだ。

「ありがとう!」とひぃなは嬉しそうにしているが、その顔付きは自分のプレゼントの方が上だと思っていそうだった。

「ホワイトデーのお返しの定番はランジェリーだっていうのを見て迷ったんだけどね」と私が言うと、ひぃなは何とも複雑そうな表情になった。

「そっちが良かった?」と笑って尋ねると、ひぃなは両手で顔を押さえる。

 ひぃなは指の隙間から私を見て、「どんなのを買うつもりだったの?」と小声で聞いた。
 ひぃなは下着も可愛いものを中心にかなりの数を持っている。
 ふたり暮らしを始めて半月経つが、同じ下着をつけているのを見た記憶がない。
 そんなに注意を払って見ている訳ではないが、彼女のファッションにかける情熱は並々ならぬものがあるから、おそらく間違いないだろう。

「あー、クマさんパンツみたいなのを……」と冗談を飛ばすと、「もー」とひぃなは唇を尖らせた。

「あとで着てみればいいよ」と耳元で囁くと、ひぃなは両手を頬に当て固まっている。

 ひぃなのことだから、いま渡してしまうとこの場で着替えかねないと思ったのだ。
 ひぃなは「ふたつはズルい」とかなんとか呟いているが、私も根は負けず嫌いだから簡単に勝たせる気はなかった。
 黒いレースのキャミソールとショーツのセットをひぃなが気に入ってくれたら私の勝ちだろう。

 私とひぃながヒソヒソといちゃついている間に華菜さんが夕食の準備を始めていた。
 手伝わないとね。
 今日のメインはボルシチだ。
 すでに下拵えは済んでいる。
 華菜さんにはキエフ風カツレツやペリメニというロシアの水餃子を作ってもらう。
 ピロシキも事前に作って来てもらったので、今日はロシア料理尽くしだ。

 みんなで食卓を囲んで、温かい料理を食べること。
 それが私にとって最高の免疫力強化と言えるだろう。
 日々木家には足を向けて寝られない。
 ひぃなのイベント好きにつき合う形ではあるが、折に触れて感謝の気持ちを伝えることは大切だ。

「あと5分ほどで完成します」と私が伝えると、華菜さんが「ヒナ、盛り付けを手伝って」とひぃなに声を掛ける。

 このキッチンでの役割分担もすっかり板についた。
 華菜さんは使った鍋を洗い、相変わらず段取りの手際が良い。
 こんなかけがえのない日常を続けるためには何より健康であることが求められる。
 健康の基本は食事と睡眠だ。

「さあご馳走をいただきましょう」


††††† 登場人物紹介 †††††

日野可恋・・・中学2年生。お小遣いは父からの養育費を元手にした運用益など。株価下落は予想していたので痛手にはなっていないが……。

日々木陽稲・・・中学2年生。ファッションの費用は”じいじ”に出してもらえるが、それ以外は両親からのお小遣いでまかなっている。お年玉をかなりもらえたのでプレゼント代はそこから。

日々木華菜・・・高校1年生。両親からのお小遣いは陽稲よりもかなり高額だが出費も何かと多いので大変。可恋からは料理や買い出しの手伝いをしてもらっているのでお返しはいらないと言われているが、もらうだけというのも……。

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