【オリジナル小説】令和な日々

令和2年2月24日(月)「ショックの乗り越え方」辻あかり


 練習に身が入らない。
 それほどイベントの中止はショックだった。

 3月に近辺のいくつかの小学校でダンス部のイベントをする予定だった。
 もうすぐ中学に進学する児童に雰囲気を味わってもらったり、交流したりする計画だった。
 中には全校児童の前でダンスを披露するという話もあった。
 それらがすべて新型コロナウィルスの影響によって中止された。

 気持ちは分かる。
 あたしだって怖い。
 それでも泣きたくなるほど悔しかった。

「ほら、集中しよう!」と部長が声を掛けている。

 クリスマスイベントによってその楽しさを知った部員たちにとって、3月のイベントは大きな目標だった。
 それが突然消失したのだ。
 気が抜けたり、脱力している部員は少なくない。
 あたしは1年生部員を束ねる立場なのだから注意する側に回らなければならないのに、なかなかやる気が起きない。

「1年生は秋田、藤谷以外は座って見ているように。怪我が怖い」とついに部長から宣告された。

 2年生も何人か名指しで見学に回され、Aチームの半数ほどは練習するメンバーの邪魔にならないように体育館の壁際に集められた。
 こんなことじゃダメだと頭では分かっている。
 それなのに気持ちがついて来ない。

 練習しているのはAチームの中でも上手い人ばかりだ。
 気持ちの切り替えができるから上手いのか、上手いから余裕があって気持ちの切り替えができるのか。
 そんなことを考えながらぼんやりと見学していた。

 Aチームを指導しているひかり先輩は何ごともなかったかのように平然としている。
 今回のイベント中止にいちばんショックを受けていたと聞いたのに、そんな様子はまったく見せない。
 少し離れた場所ではBチームの練習も行われていた。
 顧問の岡部先生を中心に基礎的な練習がメインだが、ここから見る限りではみんな集中しているように見えた。
 ショックの大きさは変わらないはずなのに。

 ダンス部の休日練習は短時間で終了した。
 本当はこの三連休でみっちり練習するはずだったのに……。
 そんなことばかり考えてしまう。

 練習後、部室で会議が行われる。
 1年生からはあたし、ほのか、琥珀の3人が参加した。

「イベント中止の影響が出るとは思っていたけど、これなら練習を止めた方が良かったかな」と部長が口を開いた。

 会議参加者の中で見学に回されたのはあたしだけなので肩身が狭い。
 あたしは「すみません」と謝罪した。

「あー、別に謝ってもらう話じゃないから。落ち込むのは仕方ないし、少し時間を置いた方が良かったかなってことだから」と部長が髪をかき上げながら言った。

「難しいね。練習に集中することで忘れようとする子もいるし、集中できない子もいるしで……」と副部長が困った顔で話す。

 なるほど。
 このもやもやした気持ちを練習にぶつけていたのかと、あたしはようやく理解した。
 こうした意識の差がダンスの実力に影響しているのかもしれない。

「Bチームは集中しているみたいだったけど、何かしたの?」とあたしは何気なく琥珀に聞いた。

「そうやねえ、岡部先生が……」と琥珀は岡部先生に視線を向けた。

「イベントは無理ですが、近いうちにBチームのダンスをAチームメンバーの前で見せましょうと提案しました。技量はともかくチームワークでAチームに対抗すると気合が入っていますよ」

 岡部先生の説明に部長たちも関心を抱いたようだ。
 見学のあたし以外はAチームの問題に目を奪われ、Bチームの状況まで気にかけていられなかった。

 琥珀は「バラして、ええんですか?」と不満顔だが、部長たちは「Aチームも何人かのグループを作って、それをやろうか」と盛り上がり始めた。
 Bチームとしてはこっそり練習して驚かせたかったのだろうが、いまのダンス部の状況だと部内のイベントにしてしまった方がメリットが大きそうだ。

「ほのかはどう思う?」と小声で尋ねると、「見てもらう機会は多いに越したことはないわね」と答えた。

 彼女は自分が本番に弱いことをかなり意識している。
 確かにクリスマスイベントではミスもあったが、それほど致命的なものではなかったし、考えすぎな気がしないでもない。
 意識すると余計にミスしやすくなると思う。
 本人もそれは分かっているようだ。
 3月のイベントは複数回予定されていたので、回数を重ねることで克服できるんじゃないかとほのかは期待していた。

「あたしは毎日見ているのにね」と笑うと、「あかりに見られても緊張しないわよ」とほのかは仏頂面で答えた。

 あたしはほのかがじっと見つめる前で踊るのは緊張する。
 彼女のダンスのセンスを認めているからだろう。
 逆に言えば、あたしに見る目がないから、ほのかはあたしに見られても何とも思わないのだ。

 ふと思いついて、「藤谷さんの前だったら?」と聞いてみた。
 ほのかは顔をしかめ、「……踊りにくいと思う」と正直に答えた。
 ダンスの実力はほのかの方が上だと言われているが、藤谷さんは本番に強く、ほのかはかなり彼女のことを意識している。

「頼んでみる?」とほのかに問うと、黙り込んでしまった。

 部長たちはグループをどう分けるか話し合っていたので、あたしは「辻、秋田、藤谷の3人で組んでいいですか?」とお願いしてみた。
 部長も腕を組んで考え込んでしまう。
 無理かなと思っていると、副部長が「本田さんも加えて4人はどう?」と助け船を出してくれた。
 ももちは自主練を一緒にすることもあるので問題はない。
 あたしが「はい」と頷くと、部長も認めてくれた。

「大丈夫なの?」と会議のあとでほのかに言われた。

 見るからに不機嫌そうだ。
 あたしは答えに詰まる。

「あかりが次の部長になるんなら、藤谷さんのことは避けて通られへんのやから、ええんやない?」

 そう語る琥珀は、自分は関わりたくないと態度で示していた。
 琥珀は藤谷さんと同じクラスなだけに、その扱いの難しさをよく知っているのだろう。
 あたしも彼女に暴言を吐かれたことがあるし、なるべく関わりたくはない。
 しかし、1年生部員のまとめ役としては少しずつでも関係を良くしていく必要があるだろう。

 ……次期部長になりそうだしね。

 ダンスの実力で言えば、あたしはほのかや藤谷さんに敵いそうにない。
 ふたりがコミュニケーションに難があるから、あたしに部長が回ってくるというだけだ。
 あたし以外でほのかと普通に喋れるのは琥珀くらいだし、琥珀は習い事などが忙しくてBチームにいる。
 藤谷さんに至ってはまともに話す1年生部員がひとりもいない。

 次期部長という職は貧乏くじみたいなものかもしれないが、笠井部長と接することも多いし、ほのかと一緒にダンス部のことをあれこれ考えるのは楽しい。
 自分が部長になるなんてまだ想像もできないが、藤谷さんを除けばいまの1年はだいぶまとまってきたし、なんとかなりそうな気はする。

 先のことは先のことだ。
 まずはこの4人で何ができるのか。
 そんなに時間はないけど、ダンスの楽しさをみんなに披露できたらいいな。


††††† 登場人物紹介 †††††

辻あかり・・・中学1年生。ダンス部。元ソフトテニス部で、優奈を慕ってダンス部に移籍した。

秋田ほのか・・・中学1年生。ダンス部。1年生部員の中では実力トップ。口が悪い。

島田琥珀・・・中学1年生。ダンス部。Bチーム所属の関西弁少女。

笠井優奈・・・中学2年生。ダンス部部長。日野からは部活中止の可能性もあると言われ頭を抱えている。

須賀彩花・・・中学2年生。ダンス部副部長。

渡瀬ひかり・・・中学2年生。ダンス部エース。イベント中止はショックだが、練習でもダンスは楽しい。

藤谷沙羅・・・中学1年生。ダンス部。1年生の中ではほのかに次ぐ実力の持ち主。

本田桃子・・・中学1年生。ダンス部。特例でAチームに昇格した。愛称はももち。

岡部イ沙美・・・ダンス部顧問。1年生女子を担当する体育教師。

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