【オリジナル小説】令和な日々

令和2年4月8日(水)「魔王の力」日々木陽稲


 とうとう非常事態宣言が発出された。
 外の景色が一変するかのように感じたけど、すがすがしい朝を迎えた。
 いつも通りに可恋と近くの公園にジョギングに行く。
 純ちゃん、お姉ちゃんとそこで顔を合わせる。
 お互いの距離を2メートルくらい空ける以外は何も変わらない日常のようにも感じる。
 純ちゃん以外はマスク姿だったり、可恋はゴーグルまで着けていたりするが、その光景も見慣れたものになった。

 朝の風景はほとんど変わらなかった。
 他にもジョギングをする人たちはいたし、春ののどかさがここにはあった。
 もともと買い物とジョギング以外は出歩かないので、何も変わらないように感じた。
 可恋からこう言われるまでは。

「今日から買い物は私ひとりで行くから」

 ショックで言葉が出ない。
 10秒ほど固まったあと、ようやく思考が働き出した。

「えー、どうして!」と抗議すると、可恋は平然とした顔で「少しでもリスクを減らすため」と答えた。

 そもそも感染したらリスクが高いのは可恋の方だ。
 そう指摘するが、「ひぃなひとりで買い物させられないでしょ」と言われてしまった。
 わたしはこの春に中学3年生になったが、いまだにひとりでの外出を許してもらえていない。
 小柄で非力なわたしを心配する気持ちは理解できるが、行こうと思えば買い物くらい行けるのだ。
 しかし、そんなわたしの主張は危険だからと一蹴された。

「誕生日のこと恨んでいるの?」とわたしは可恋に質問する。

「そんなことないよ」と可恋は否定するが、絶対に怪しい。

 この前の日曜日は可恋の誕生日だった。
 そこでわたしはかなり強引に「結婚式ごっこ」を行った。
 きっかけはその前日に桜庭さんからプレゼントをもらったことだ。
 桜庭さんはわたしたちふたりへの誕生日プレゼントとしてペアリングを贈ってくれた。
 それを見てわたしは閃いた。
 結婚式を挙げようと。

 すぐにお礼の連絡にかこつけて桜庭さんに協力を要請した。
 桜庭さんのお友だちに結婚式用の貸衣装をやっている人がいて、即座に手配してくれた。
 自分用のドレスは、こんなこともあろうかと家から持って来ている。
 翌日、桜庭さんは自分で衣装などを運んできてくれた。
 ビデオカメラも持って来てくれて、結婚式の模様を撮影することになった。
 こんなご時世なので、結婚式は中止や延期が相次いでいる。
 こうしたレンタルサービスでふたりきりの結婚式をビジネスにできないかと考えているそうだ。

 準備が整ったところで最大の難関に取りかかった。
 可恋の説得だ。
 わたしは可恋から与えられた筋トレのメニューをこなしたり、食事をしっかり摂ったりすると「願いをなんでも聞いてくれる券」というものをもらう。
 わたしのためなのだから本当はそんなのがなくてもやらなきゃいけないことなんだけど、くれるものはもらわなきゃ損という感じでもらい続けていた。
 ついにその券を使うときが来たと言わんばかりにわたしはお願いした。

 ウエディングドレスを着ること、しっかりお化粧すること、誓いの言葉や指輪の交換をすることなどはすんなりOKしてくれたが、可恋がいちばん抵抗したのはそれを撮影してみんなに見せることだった。
 最終的に、中学校の生徒や教師には見せないという条件で可恋は承諾した。

 ゴーサインが出てからは可恋も協力的で、ふたりがかりでそれっぽい結婚式までこぎつけた。
 突然のお願いだったのに、段取りを立てる手際はさすが可恋という感じだった。
 こうして無事に結婚式を行い、いまもその時のことを思い出すたびにわたしは顔がにやけてしまう。

 午後になって気温が上がり、わたしは陽差しに誘われるようにベランダに出た。
 世間が大変な時にわたしだけがこんなに幸せでいいのだろうかと罪悪感を覚えることもあるが、可恋は「目の前のひとつひとつの幸せを大切にした方が良い」と言ってくれる。
 その可恋はベランダ近くのソファに寝そべってスマホを眺めている。
 だらけているように見えるが、きっと頭の中では人類の命運や日本の将来のことを考えているのだろう。

 もう少し太陽を満喫したかったけど、紫外線も気になるのでわたしはリビングに戻る。
 すると可恋が顔を上げ、愚痴を零した。

「みんな二言目には新婚おめでとうだとか、新婚ほやほやのところ悪いけどだとか書いてくるんだよね。どう仕返ししてやろう?」

 あー、魔王モードだったんだ……。

「いいじゃない。ムキになって反撃するとますますからかわれるよ」とわたしは微笑む。

「楽しそうだね」と可恋はわたしをひと睨みするが、わたしは鼻歌を歌い出したいくらいの気分だ。

「ひぃなのお祖父様からは孫をよろしくってお手紙が届くし、小野田先生からのメールも本当の結婚祝いって感じでどう返していいものか頭が痛いんだけど」

 可恋の視線はわたしがどんな言葉を添えて動画のURLを教えたか疑っているようだ。
 その時わたしは結婚式の直後で興奮状態にあった。
 見返すのが怖い文言を使って連絡したかもしれない。

「ハハハハハ」とわたしは笑って誤魔化す。

 わたしとしては楽しければいいじゃないと思うが、可恋はからかわれることに慣れていない。
 いちいち怒っていては疲れるだろう。
 それに可恋の攻撃はヤバめだから……。

 始業式の日に起きた出来事を可恋に話した時のことだ。
 よそ見をしていた男子生徒にキレた副担任の君塚先生が注意し、更に色つきのマスクを外させようとした。
 藤原先生の機転で大ごとにはならずに済んだが、先行き不安を感じさせた。

 可恋は藤原先生の行動を高く評価していた。

「普通だったら管理職である校長先生に報告するんだけど、君塚先生は新しい校長の右腕のような人物だからね。教育委員会に連絡するというのは正解だよ」

 可恋は新しい校長先生についてかなり詳しい情報を収集している。
 君塚先生のことも把握しているようだった。

「生徒のマスクを強引に外すところを動画で撮影できていれば、ネットに拡散させることができたのにね」と可恋が真顔で言って、わたしは怖くなった。

「いきなりインターネットってひどくない?」と言っても、「権力を持った側と戦う時はなり振り構っていられないよ」と可恋は意に介さない。

 ……そんなだから魔王なんて呼ばれちゃうのよ!

 とはいえ君塚先生はわたしも苦手だ。
 ハリネズミのように刺々しい感じなので、わたしのコミュ力も通用しそうにない。
 中学生活もあと1年を残すのみなのだから、平穏にみんなと楽しく過ごせれば良いのに。
 それを実現するためには、可恋の”魔王”力を借りなければならないのかもしれない。


††††† 登場人物紹介 †††††

日々木陽稲・・・3年1組。妖精や天使と称されることが多い美少女。コミュ力も非常に高いが自分への敵意を持つ相手は避けてしまう。

日野可恋・・・3年1組。怖い先輩や魔王と称されることが多い。美少女ではあるが、睨まれたらすくみ上がってしまう生徒が数多く存在する。

安藤純・・・3年2組。これまでずっと陽稲と同じクラスだったがついに別のクラスになった。陽稲の幼なじみで、無口な競泳少女。

桜庭・・・女性実業家。フットワークが軽く、手広く商売をしている。ピンチこそチャンスだと心得ている。

小野田真由美・・・陽稲や可恋たちの担任教師だったが、教員を退職してNPOの職員となった。

藤原みどり・・・3年1組担任。国語担当。教師歴4年目で、初めての担任となった。そろそろ本気で結婚したいと思っているが、残念ながら相手が……。

君塚紅葉・・・3年1組副担任。英語担当。新校長と同じ中学からこの春転任してきた。

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