見出し画像

【オリジナル小説】令和な日々 女子高生編

令和3年9月6日(月)「新たな居場所」真砂大海


「FPS部の新設は許可します。ほかの創部申請には再考を促してください」

 生徒会長の発言に会長補佐が「承りました」と頷く。
 そこに生徒会広報が「FPSって?」と質問を飛ばした。

「ファーストパーソン・シューティングゲームの略称」

「ゲーム? いいの? そんな部活で」

 無表情の会長と異なり広報は映画女優だけあって表情が豊かだ。
 声の抑揚も対照的で思わず聞き入ってしまう。

「スポーツと変わらないよ。それに、綿密な活動計画書を提出しているし、どうすれば強くなれるかを戦術面、体力強化、練習の方法など多面的に分析している。却下する理由がないよ」

「可恋が感心するなんてよっぽどなんだね」と微笑んだのは副会長だ。

 彼女がいるだけで生徒会室が和やかになる。
 そんな雰囲気を醸し出している。

「そんな才能をゲームに費やすなんてもったいないと思うけどね」と広報の初瀬さんはまだ納得できない顔をしているが、「いいじゃない。価値観は人それぞれよ」と会長の日野さんは意に介さない。

 私は合同イベント実行委員会のメンバーとして生徒会室にいる。
 委員会室は別に本館に設けられているが、立候補して生徒会との連絡役を買って出た。
 今日は部活動に関する話し合いがあるので部活連盟のメンバーもここに顔を出しているが、普段は4人で生徒会を回しているそうだ。
 雑用を積極的に手伝うことでここでの居場所を確保し、こうして合同イベント絡みでない話し合いにも同席を許されるようになった。

「休部中のクラブの復活申請はなるべく活動中のクラブと合流するように調整してください」

 クラブ連盟長は2年の加賀先輩だが、会長補佐である岡本先輩が仕切っているようで、会長の言葉にも「了解しました」と彼女が応じている。
 しかし、加賀先輩は「YouTube同好会、声優研究会、アニメ観賞部は合流を激しく拒否しているのよ。3年の先輩やOGの力を借りてでも拒むって息巻いているわ」と会長に直訴した。

「嫌なら演劇部に吸収させると伝えてください」

 会長の言葉に加賀先輩は顔を引きつらせた。
 演劇部と言えばはぐれものの集団として臨玲では知られている。
 岡本先輩は「少し荒っぽくないですか?」と懸念を表明したが、会長は「何か問題でも?」と平然と答えた。

 場が沈黙に支配される。
 この気まずさを解消しようと私は口を開いた。

「FPS部の例を引き合いに出して、しっかりした活動計画書を出すように啓発するのはどうでしょうか。おそらく会長は先輩やOGといった他人の力を安易に借りようとする姿勢にご立腹のようですし」

 会長はまったくの無反応だったが、副会長がニコニコしていたので私は胸をなで下ろす。
 加賀先輩は私をしばらく見つめたあと、「対処します」と言葉を発した。

「既存の部活動については引き続き監視をお願いします。特に格闘技研究会や革命研究部といった不穏なクラブは」

 これに対してはクラブ連盟のメンバーも表情を引き締めて頷いている。
 格闘技研究会は退学になった高階さんの腰巾着だった関先輩が所属しているところだ。
 一方、革命研究部の名前は聞いたことがない。
 名前だけで不穏そうではあるが、名指しされるほど危険な部活動を行っているのだろうか。

 部活動改革についての話が終わると少し空気が緩む。
 すると、加賀先輩が私に声を掛けてきた。

「真砂さん、生徒会に入ったの?」

「合同イベント実行委員として生徒会室に入り浸っています」

「ゆかり様が嘆いていたわ。あなたが茶道部に入らなくて」

 彼女の隣りに座る矢板先輩も「わたしも大海さんは後輩になるものと思っていたから残念だったな」と言ってくれた。
 このふたりの先輩や岡本先輩とは中学生の頃から社交の場でよく顔を合わせている。
 意外と狭い世界だし、お互いに相手のことはすぐに耳に入ってくる関係だと言えた。

「茶室ではなく生徒会室で顔を合わせることになるとはね」と加賀先輩がもの思いにふけるように呟いた。

 茶道部の事情についてはクラスメイトでもあるゆめからいろいろ聞いているので私は発言を控えた。
 ふたりは茶道部の次期部長を目指していたが、現部長の方針転換によって道が閉ざされたようだ。
 生徒会のトップ3人が来年度もその座に就くことが確実視されている。
 そこでこの3人と面識のあるゆめを茶道部の次期部長に充てることになるかもしれないと、ゆめ本人が不安がっていた。
 あそこはOGがうるさく、部長はその御用聞きのようなものだ。
 名誉ではあるものの2年間も担いたい役割ではないだろう。

「そういえば、大海さん、マンションをもらったって聞いたけど」

 岡本先輩が話の流れを遮って私に問い掛けた。
 彼女も茶道部を蹴った口なのであまりこの話題を続けたくなかったのだと思う。

「よくご存知ですね。高校入学と同時にマンション一棟を管理しろと言われました」

 真砂の家は代々続く地主の一族だ。
 昔は神奈川県下で知らない者はいないと言われたと聞く。
 いまは相続税で代替わりのたびにごっそりと資産が失われ、かつての権勢は跡形もない。

「家の仕事を学べるなんて羨ましいわ」と岡本先輩は口にするが、「管理会社に丸投げですよ」と私は苦笑する。

「ただ、最近担当者が新卒社員に代わったんで、完全に丸投げとはなっていないですが……」

 先輩たちは口々に「親の愛ね」と微笑んでいる。
 実際、私の教育目的なのだろう。

「人を使うのは難しいですね」としみじみとした口調で口を挟んだのはそれまで黙って聞いていた生徒会長だ。

 生徒会の話かと思ったら、NPO法人やプライベートカンパニーの代表として人を使う機会が多いらしい。
 彼女は「ここにいる人はみんな優秀ですが、臨玲の生徒の中には想像を超えた理解力の人もいます。社会にはそれすら軽々と超える理解不能の人もいるので本当に大変です」と実感の籠もった愚痴を零した。

「可恋みたいなのばかりだと、それはそれで息苦しそうだけどね」と初瀬さんが笑い、日々木さんは「そんなことないよ。可恋だらけの世界って、調和の取れた理想の社会だよ」とムキになって反論する。

 私は「人を使うコツを教えてよ」と会話に加わる。
 どうやら会長のお眼鏡にかなうことができたようだ。
 ここ生徒会室はいまの臨玲高校でもっともエキサイティングな場所であり、それはしばらく続くだろう。
 そこで得られる経験はきっと得がたいものになる。
 私はそう確信していた。


††††† 登場人物紹介 †††††

真砂《まさご》大海《ひろみ》・・・臨玲高校1年生。来年度に鎌倉の有名女子高3校合同で行われるイベントの実行委員。社交サークルの中では幼い頃から名前が知られる存在だった。

日野可恋・・・臨玲高校1年生。生徒会長。2学期になってから感染対策を理由に大半の授業を欠席して生徒会室のある新館に籠もっている。陽稲の思いつきで忙しさに磨きがかかったがそれを口にすることはない。

岡本真純・・・臨玲高校2年生。生徒会長補佐。昨年度は副会長。当時の生徒会長のご機嫌取りに追われろくに仕事ができなかったが、今年度はそれを取り返す勢いで精力的に働いている。大手製薬会社創業家の一族。

初瀬紫苑・・・臨玲高校1年生。生徒会広報。10代から圧倒的に支持されている映画女優。映画以外の仕事はほとんどしていない。

日々木陽稲・・・臨玲高校1年生。生徒会副会長。その美少女ぶりは高校内で知らない者がいないほどとなっている。

加賀亜早子・・・臨玲高校2年生。茶道部。生徒会・クラブ連盟長。

矢板薫子・・・臨玲高校2年生。茶道部。生徒会・クラブ連盟長補佐。

吉田ゆかり・・・臨玲高校3年生。茶道部部長。

三浦ゆめ・・・臨玲高校1年生。茶道部。高級旅館の娘で、大海の親友。

関いつき・・・臨玲高校2年生。昨年度クラブ連盟副長として高階円穂とともに行動することも多かった。格闘技研究会は実質彼女のみが所属している。

高階《たかしな》円穂《かずほ》・・・昨年度のクラブ連盟長。理事長と可恋がタッグを組んで退学に追い込んだ。

『令和な日々』は小説家になろう、カクヨム、pixivに重複投稿しています。