【オリジナル小説】令和な日々

令和元年12月25日(水)「クリスマスプレゼント」須賀彩花


 キャメルブラウンのジャンパースカートに黒のセーター。
 大きな姿見があればいいのだけど、持っていないのでチェストに掛けた鏡で自分の姿を見る。
 昨日は綾乃と美容院に行った。
 髪型はばっちりと言いたいところだが、毛先が撥ねてしっくりこない。
 でも、そろそろ時間だ。
 わたしは髪に手で触れ、気持ちを切り替えるようにひとつ息を吐いてから、鏡に向かって笑顔を作る。

 机の上に置いたポシェットを手に取り、そこにあった金色の栞に気付く。
 わたしはそれをじっと見つめ、それから急いで自分の部屋を飛び出した。

 今日は美咲の家でクリスマスパーティが開かれる。
 昨日は優奈やひかりに予定があり、25日の今日の午後に行われることになった。
 美咲の家に行くのも久しぶりだ。
 前もそう頻繁に行っていた訳ではない。
 しかし、ダンス部がスタートしてからは部活優先だったから……。

「どうしたの?」

 美咲の家の前に綾乃がいた。
 なぜか門のところから少し離れた場所に立ち、寒さの中で誰かと待ち合わせをしているような様子だった。
 声を掛けると、わたしに向かって綾乃は微笑んだ。

「わたしを待っていたの?」と尋ねると、彼女は首を横に振り、「私が来た時にちょうど優奈が入っていったの。少し間を空けようかなって」と答えた。

 そして、「もういいんじゃないかな」と言って、わたしの手を取り、門の方へ引っ張って行く。
 わたしが「綾乃は優しいね」と笑顔を見せると、彼女は照れたような顔をした。

 わたしと綾乃が訪問した直後にひかりも来て、いつものメンバーが顔を揃えた。
 美咲の部屋に案内されると、先に来て座っていた優奈が「おせーよ」と文句を言う。
 その優奈の表情は柔らかく、嬉しそうに見えた。

 美咲は”超”が付くようなお嬢様だが、今日のパーティは普通の中学生らしいものだ。
 ブッシュドノエルは高級そうに見えたが、飲み物はペットボトルだし、飾り付けも特にはなく、服装だってちょっとおめかしした程度。
 わたし以外の面々はそれでも際立つような美少女に見える。
 わたしひとりが普通で、コンプレックスに感じることもあるが、こればっかりはたとえ日野さんでも解決できないことだろう。

 優奈は「イベント始まる前に更衣室で、部員全員で掛け声を合わせたんだよ。もうあれだけでダンス部作った甲斐があったって思った!」と耳にタコができるくらい繰り返している話をまたも熱く語った。
 彼女の見た目は熱血を小馬鹿にしそうなギャル風なのに、実際はバリバリの体育会系だったりする。
 イベント以降、熱がいまだに冷めやらぬようで、ちょっとウザいくらいだ。

「またやりたいよね」と優奈のセリフを飽きもせずに聞いているのはひかりだ。

 彼女はクリスマスイベントを心底楽しんでいた。
 ダンスの実力も更に向上し、なんだか異次元の世界へ突入した感さえある。
 ただ、その実力が他の部員たちに還元されているかというと微妙なところで、彼女はAチームの指導を担当しているが、自分のダンスの感覚を他人にうまく伝えることができていない。
 三島さんが間に入って頑張っているが、苦戦しているようだった。

「施設の人からはまたよろしくって言われた。あと、日野さんが3学期に小学校を回れないかって」とマネージャーの綾乃が言った。

 日野さんの話は初耳だったので、「小学校?」と聞き返す。
 綾乃によると、ダンス部のピーアールと小中の連携強化が目的らしい。
 私立に行く子は受験の真っ只中になるが、そうでない子はうちの中学に進学する子が多く、こちらから出向いて進学の不安を取り除きたいという建前だと教えてもらった。
 兄姉がいればいいが、そうでないと中学へ進むことに不安を感じる気持ちは理解できる。
 わたしも一人っ子だし。

 これは学校同士の話し合いが必要なのでできるかどうか分からないそうだが、公民館かどこかで希望者だけでも集められないかと日野さんが話していたらしい。
 彼女が動けば、何らかの形で実現するだろう。
 わたしは確定事項のように頭にメモしておいた。

 ダンス部の話のあとは、今日のメインイベントらしいプレゼントの交換会になった。
 優奈が全員のプレゼントを集めて番号を振り、ほかのメンバーが番号を言っていく。
 自分のプレゼントを引いてしまったらやり直しで、3回目でうまく全員に分けることが出来た。

「美咲から開けていこう」という優奈の指示に従い、美咲がちょっと不細工な包装を開けると、ビニールに包まれたキャラクター入りのコスメポーチが出て来た。

 ひかりが手を挙げて、「昨日カラオケの帰りに買ったの」と申告する。
 お嬢様の美咲には不釣り合いに見えるが、「可愛くて嬉しいわ」と美咲は本当に喜んでいるようだ。

「こういうのは気が引けて買えないの」とお嬢様ならではの悩みを口にする。

 周りも美咲には合わないよねと躊躇ってしまうので、贈り物としてもらうこともないのだろう。

 続いて、ひかりが大きめの箱を開けると中には丸い壁掛け時計があった。
 飾り気がなく、実用一辺倒という感じの時計だ。
 ひかりが首を傾げる横で、優奈が「それ、アタシ」と声を上げた。

「ひかりにはいらないかもしれないけど、集中力を高めるには規則正しい生活が大事だって日野が言うから。時間はスマホで確認するよりも時計を見る習慣を身に付けた方が良いって言うし、デジタルよりアナログが良いって聞いたから」

「全部、日野さんの受け売り?」とわたしが笑って聞くと、「誰が言ったかじゃなくて、内容が大事なんだよ」とふてくされたように優奈が言葉を返した。

 優奈は日野さんを口では嫌っていても、わたし以上に影響を受けているかもしれない。

「次、アタシが開けるね」と言った優奈が受け取ったものは黄色いリストバンドだ。

 手を挙げたのは綾乃で、さすがにマネージャー、これならダンス部のユニフォームにも似合うと思わせるものだった。

「サンキュー」と喜ぶ優奈を見たあと、綾乃がプレゼントを開ける。

 彼女が口を開く前に、「こんなのしか思い付かなくて」とわたしは言い訳をしてしまった。
 箱を開け、可愛らしい感じのスマホケースを見て、「スマホより大事にする」と何か本末転倒なことを綾乃が口にしたけど、きっと気のせいだろう。

 最後がわたしだ。
 もう誰のプレゼントか分かっている。
 包装を取ると、出て来たのは写真立てだった。
 そこには既に写真が収まっていた。
 運動会の前にこの家で行われた夕食会の時のわたしたち5人が揃っている写真。
 全員が綺麗に着飾り、誇らしげに写真に写っている。

「プリントした写真はみんなにも差し上げます」と美咲は優奈たちにも配った。

 その間もわたしはその写真をまじまじと見つめ、この半年くらいの思い出に浸っていた。
 ものすごくいろんなことがあり、その中にいる時は大変だったりしたものの、きっと全力で頑張ってきたからいまのわたしがあるのだろう。

「彩花を泣かせたから、美咲の優勝だな」と優奈が笑い、ほかのメンバーも賛同する。

「美咲は、誰にどんなお願いをする?」と勝利者へのご褒美を優奈が尋ねると、美咲は少し考えてから、頬に手を当て「ひとりではなく全員へのお願いなのですが……」と切り出した。

「次のクリスマスとは言いません。3年生になっても、このメンバーで一度はこの部屋でこうしてお話しできればと思います。それがわたしのみんなへのお願いです」


††††† 登場人物紹介 †††††

須賀彩花・・・2年1組。ダンス部副部長。自他共に認める”普通”の子だが、前向きになり自信をつけた。

松田美咲・・・2年1組。現学級委員。家は非常に裕福。両親の教育方針により公立中学に通っている。

笠井優奈・・・2年1組。ダンス部部長。美咲の親友。悪巧みもするが、仲間に対しては思いやりがある。

田辺綾乃・・・2年1組。ダンス部マネージャー。彩花にアプローチをかけ続けているが気付いてもらえない。

渡瀬ひかり・・・2年1組。ダンス部。ダンスの実力は抜きん出たものがある。歌とダンス以外は……。

日野可恋・・・2年1組。前学級委員。彩花の筋トレの師匠。

 * * *

「あのさ」とわたしは美咲の家から帰る途中で綾乃に話し掛けた。

 楽しい時間はあっという間に過ぎ、すでに夕闇に包まれている。
 綾乃はわたしを見上げて、話を続けるように促した。

「昨日、日野さんにクリスマスのプレゼントを渡そうとしたの」

 昨日の2学期の終業式が終わってから、わたしは感謝の気持ちを込めて、何人かにクリスマスプレゼントを配った。
 明日香ちゃんが提案してくれた入浴剤だ。

「入浴剤とは別にね、いちばんお世話になった人に形が残るものを渡したらって明日香ちゃんに言われて、日野さんにプレゼントしようとしたら……」

 日野さんはわたしが呼び出した廊下で、無表情のまま「受け取れない」と答えた。
 そして、目を細め、「私は道を示しただけ。感謝するのなら、手を引いたり、背中を押したりしてくれた人の方が良い」と優しく言った。

「日野さんが読書好きだって聞いたから金色の栞を贈ろうと思ったの。でも、しばらくは机の上に飾っておくつもり」

 わたしは多くの人に助けてもらっている。
 そのことを忘れないようにしようと思った。

「これ」と別れ際に綾乃がわたしに包みを渡した。

「昨日のお礼みたいなものだから」と綾乃は言った。

 開けてみると、リストバンドが入っていた。
 優奈が受け取ったものとはデザインが異なり、ハートマークが大きく付いていた。

「いいの?」と言うと、綾乃は嬉しそうに頷いた。

「ありがとう!」とわたしは勢いのまま綾乃を抱き締める。

「今日は最高の一日だったよ」と喜ぶ綾乃に、「わたしも!」と言って手を振り、わたしは弾むように帰途についた。

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