【オリジナル小説】令和な日々 女子高生編

令和3年10月7日(木)「関係」網代漣


『毎日、漣のことだけを考えて生きているよ』

 真夏からこんなメッセージが連日届く。
 これまではわたしが一方的にその日の出来事を語ることが多かったのに、つき合いだしてからは彼女が自分の思いの丈を綴ることが増えた。
 それが悪いって訳ではない。
 わたしのことを好きだと言ってくれることは嬉しい。
 ただ、その熱量を重く感じてしまう。
 わたしの”好き”と彼女の”好き”との温度差に押しつぶされそうになってしまうのだ。

「漣、最近元気ないね」

 キッカにそう気遣われるとどう答えていいかドギマギしてしまう。
 彼女はわたしと真夏の関係を知らない。
 話すべきだと思うものの学校生活がいろいろと変わってしまうのではないかと危惧して話せないでいる。

「そんなことないよ」と元気を装ってみせると、キッカは「そっか」と少し寂しそうに言った。

 その表情からはクラスでいちばん仲が良い自分に相談しろよという彼女の優しさがうかがえる。
 ほかのことであれば、一も二もなくキッカに相談しただろう。
 もっとも頼りになる存在だし、多くのクラスメイトから慕われるほど面倒見も良い。
 間違いなくわたしのために親身になってくれるはずだ。

 わたしはそんなキッカに心配を掛けて悪いなと思ってしまう。
 塞ぎ込んでいるところを見せないような強さがあればいいのに。
 キッカはおろか、ひよりや淀野さんと比べてもわたしはまだ子どもだ。
 恋愛のことだって良く分かっていない。

 教室の中は閑散としていた。
 今日は部活や委員会にまだ所属していない生徒が集められて体験入部の説明会が行われている。
 緊急事態宣言が解除されたこともあって彼女たちは体育館に集められた。
 部活に所属している生徒は説明する側に回るようで教室に残っていないし、委員会所属の生徒はそれぞれの委員会の会合に参加しているようだ。
 わたしやキッカが所属する3校合同イベント実行委員会は今月は臨玲祭の準備のために活動がほぼストップしている。

「ホームルームは臨玲祭の準備に使って欲しかったなあ」

 クラス委員長である凛が大柄な千尋を伴ってわたしたちのところにやって来た。
 千尋は「仕方ないよ。各クラブも仮入部した人に臨玲祭の準備を見てもらわないといけないんだし」と宥めている。
 部活動改革は生徒会が強引に進めていて、生徒側からもクラブ側からも不満の声が出ている。
 それでもあの生徒会長に直接文句を言える人は上級生の中にもいないともっぱらの噂だ。

「いぶきと真砂さんは?」

 凛の愚痴が始まると長いので、わたしは同じ合同イベント実行委員であるふたりの姿が見えないことを尋ねてみた。
 すると、「いぶきは先生に呼ばれたみたい。真砂さんは三浦さんと一緒に出て行ったから茶道部の手伝いでもするんじゃない?」と凛が情報通ぶりを発揮する。

「凄いね、凛は」と褒めておけばとりあえず愚痴を聞かされずに済む。

 千尋が良くやったという顔でわたしにウインクを飛ばした。
 わたしは笑顔でそれに応える。
 会話に加わらなかったキッカは少し離れた席の方を眺めていた。
 その視線の先では生徒会副会長が自分の席でスマホを操作していた。
 彼女の横には千尋よりも更に大きい安藤さんが番人のように立っている。

 生徒会長は2学期になって登校はしているそうだが教室には滅多に姿を見せなくなった。
 体調が万全ではないそうで、保健室登校ならぬ生徒会室登校を行っているらしい。
 なんとも優雅な御身分という感じだが、先の中間試験では藤井さんと変わらない成績を残していたのでわたしなんかがとやかく言うことはできない。
 当然いまも姿はない。
 また同じ生徒会役員の初瀬さんも教室にはいなかった。

「生徒会は臨玲祭に観客を入れられるように学校と交渉しているみたい。ワクチン接種の証明書を提示すれば生徒以外でも入場可能にできないかって」

 凛はさらに調子に乗ってまだあまり知られていない情報を披露する。
 彼女は委員長として口やかましいところもあるが、誰とでも分け隔てなく接するからかいろいろな情報が集まるようだ。
 わたしが感心をしていると、キッカが耳元で「日々木さんに相談してみたら」と囁いた。
 目を丸くしてキッカの顔を見ると、わたしを気遣うように見つめている。
 その顔つきからわたしが想像していた以上にキッカは深刻に捉えているようだった。
 彼女の真剣さに思わず「うん」と頷いてしまう。

 ふらっと席を立ち、ゆっくりと日々木さんの席に向かう。
 凛や千尋に対してはキッカが適当に説明してくれるだろう。
 わたしが振り向くことなく日々木さんのところに行くと、鳶色の瞳の少女が顔を上げてこちらをジッと見た。

「ちょっと相談があるんだけど、いいかな?」

 日々木さんはキッカたちの方をチラリと見たあと、「もちろん。場所はここでいいの? ほかのところへ行く?」と優しげな声で気を配ってくれた。
 わたしは少し迷ってから「あっちの隅でいい?」と言うと、彼女はそちらを見てから頷いた。

 仮設校舎の教室は広々としている。
 対角線の端と端なら大きな声を出さないと聞こえることはないだろう。
 廊下側の入口付近に移動すると、凛の話し声が断片的に聞こえる程度だ。
 彼女は滑舌が良く声もよく通るのにこのくらいなのだから、こちらの話は聞こえないはずだ。

「わたしも純ちゃんも秘密は守るから」と言われ、わたしはマスクの下で唇を湿らせた。

「友だちのこと? それとも、恋愛の話かな?」

「どうして分かったの?」と驚いてニコニコ微笑む目の前の相手に尋ねると、「雰囲気でだいたい分かるよ」と教えてくれた。

 そういうものなのか。
 普通なら警戒してしまいそうだけど、彼女の美しい瞳に魅入られるとそういった気持ちは湧いてこない。

「実は……」と今年の夏休みに起きたことを話し出すと止まらなくなってしまった。

 ひよりや淀野さんに話した時よりも詳細に語った気がする。
 気分は少し軽くなった。
 その分なのか、日々木さんの目元に憂いのようなものが感じられた。

「いま網代さんが話した内容を、そのまま真夏さんに伝えるのがいいかも」

「え? ほとんど真夏も知っていることだよ?」

 キッカに抱いている感情は日々木さんに言っていないし、真夏に対する気持ちも口に出さずに起きたことだけを説明したつもりだ。
 そもそもキッカや真夏のことをどう思っているかは自分でも言葉でうまく表すことができないでいる。

「それでも。網代さんは真夏さんの気持ちを受け入れたのだから、まずは真夏さんとの新しい関係をしっかり築くことが大切だと思う」

「……新しい関係?」

 呆然としてわたしが呟くと、日々木さんは「網代さんが決断して関係は変わったの。それに気づかないでいることはお互いにとっての不幸なんじゃないかな」と哀しげな眼差しを向けた。
 わたしと真夏は中学時代からの親友であり、わたしは彼女に憧れていた。
 鎌倉に引っ越したことで離れ離れになったが、手紙やSNSを通じてずっと繋がっていられることに安心した。
 このままの関係が続くことをわたしは願っていた。
 夏休みに浜松で彼女から告白されても、ふたりの関係は大きく変わることはないと勝手に思っていた。
 より強固になるだけで、それ以上のものではないと……。

「わたしは……」

 そのあとに続く言葉をいまのわたしはまだ持っていなかった。


††††† 登場人物紹介 †††††

網代《あじろ》漣《れん》・・・臨玲高校1年生。中学まで浜松で暮らしていた。手紙を書くことが趣味の普通の高校生。

田辺真夏《まなつ》・・・浜松市在住の高校1年生。漣の親友。夏休みに浜松に戻って来た漣に中学時代の友人たちの前で告白した。

飯島輝久香《きくか》・・・臨玲高校1年生。漣のクラスメイト。面倒見が良く、クラスメイトの多くから信頼されている。漣にとってこの高校でもっとも仲が良い友人であり、特別な想いも……。

岡崎ひより・・・臨玲高校1年生。1学期の終わりにいろはとの交際を教室で宣言した。普段は控えめだが、根は強気でしっかり者。漣と真夏との関係を知り、どちらかというと真夏の肩を持っている。

淀野いろは・・・臨玲高校1年生。女の子が好きでハーレムを夢見ている。しかし、現在はひよりに首根っこを掴まれている。

西口凛・・・臨玲高校1年生。クラス委員長。生徒会長から情報をリークされている模様。

六反千尋・・・臨玲高校1年生。漣やキッカと同じ3校合同イベント実行委員会に所属している。

日々木陽稲・・・臨玲高校1年生。生徒会副会長。天使や妖精と称されることが多い美少女。コミュ力に優れ、クラスメイトの相談にも気軽に乗っている。

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