【オリジナル小説】令和な日々
令和2年3月18日(水)「手紙」日々木陽稲
可恋とのふたり暮らしが始まって半月以上が経つ。
ドキドキワクワクするような毎日が続いている。
しかし、可恋とお喋りできる時間は思いのほか短い。
可恋はどうやったらこんなに集中して続けられるのかと思うほどトレーニングと勉強を熱心に行っている。
知っていたこととはいえ、一緒に暮らしてみて改めて彼女の凄さを実感した。
集中力も凄まじく、本当に自分の世界に浸り切っている。
とても声を掛けられる雰囲気ではない。
可恋は自分のペースを乱されることを嫌うので、その点はわたしも非常に気を使っている。
トレーニングや勉強の時間以外では、可恋はわたしのことを優先してくれるのでお互い様だ。
ただ、折角の自由時間なのに邪魔――と言っては失礼だが、あちこちから連絡が頻繁に来てしまう。
可恋は当初緊急の用件以外は取り合おうとしなかったが、それは悪いと思い「そんなに気を使わなくていいよ」とわたしは言った。
それが災いしたのか、最近はひっきりなしに連絡が来るようになってしまった。
可恋が暇だと思われたのかもしれない。
自由時間である午後にのんびりとお喋りができなくなった。
可恋はいつでもわたしの発言を撤回していいと言ってくれるが、わたしはやせ我慢を続けている。
可恋は電話やメール、LINEなど様々なツールを使いこなす。
わたしも一通りは人並みに使えるものの、若干苦手意識があってあまり好きではない。
お喋りすることは大好きだけど、それは面と向かって相手の顔を見ながらしたい。
相手の表情を観察しながら気持ちを読み取り、互いに楽しい会話をしたい。
可恋はビデオチャットを勧めてくれたものの、やっぱりどこか違和感がある。
それに相手の都合もあることだし……。
とはいえインターネットや動画を見てばかりの生活にも飽きてきた。
何か新しい刺激が欲しい。
そんな時に可恋が提案してくれた。
手紙を書いてみたらどうかと。
「手紙かあ……」
「デジタルな生活ばかりだと疲れるでしょ。たまには思い切りアナログに振り切ってみるのもいいかもね」と可恋は微笑む。
いつもは電子書籍を利用するのをたまに普通の本にすると気分が変わると可恋は説明するが、わたしには分かりにくい説明だった。
しかし、アイディアは悪くないように思う。
「公園には春の花々が咲き始めているし、そういう写真を添えるのも良いわね」と言われ、わたしはすっかりその気になった。
今日は天気が良いし暖かい。
早速便せんを買いに行こうと提案すると、可恋は笑って賛成してくれた。
コンビニでは味気ないので、文房具屋さんに向かう。
昔からある個人経営のお店だ。
店の前は女の子が喜びそうな雑貨が並んでいた。
そちらにも興味を惹かれたが、まずは目的の便せんを選ぶことにする。
店の奥は微かにインクの匂いがした。
子ども向けのファンシーなものはほとんどなく、あるのはビジネス用と大人向けのいかにも便せんという感じのものだった。
「可愛いものは通販を使った方がいいかも」と可恋は言うが、「わたしはもう大人だからね」と胸を張って答える。
いくつかセンスの良い魅力的な便せんが見つかった。
複雑な紋様が描かれていたり、深い暗紫色の紙だったり、こんなに多彩なんだと感心する。
「でも、便せんだからね。文字を書いて相手が読みやすいかどうかも考えた方がいいよ」
可恋にそう言われてハッとする。
確かに紙が主役になってしまってはいけない。
相手が読みやすいシンプルさでありながら、春の雰囲気が感じられるものをいくつか選ぶことにした。
封筒については折り紙やデザインペーパーでの自作をしてみたらと可恋に焚き付けられた。
それは楽しそうだ。
「可恋、手回しがいいよね」と指摘すると、「誰かと違って思い付きだけで提案はしないからね」と言われてしまった。
そりゃわたしは思い付きで暴走してしまうことがあるけど、可恋みたいに準備万端整えてから提案するような中学生はそういないと思う。
わたしが頬を膨らませて抗議すると、頭をポンポンと叩かれてしまった。
すぐに子ども扱いするんだから!
あとは筆記用具だ。
普段ノートに書く文字は読みやすいが子どもっぽいと自覚している。
さすがにいまからペン習字を学んでいたら春は終わってしまうだろう。
「見映えは大事だけど、どれだけ思いを込めたかが伝わればいいんじゃない」
可恋の言う通り、見映えばかり考えても仕方がないだろう。
それこそ綺麗さだけを追い求めるならプリンタで印刷した方が良い。
アナログで、手書きで送るのなら、いまの自分の精いっぱいを見せるのがいいと思う。
筆ペンや万年筆は諦め、書きやすそうなボールペンを購入した。
帰り際に「可恋は書かないの?」と聞くと、目を丸くして「そんな非効率なことはしないわ」と言われてしまった。
なんだか釈然としない。
「可恋にも書くから、返事を楽しみにしているね」と笑顔を向けると、可恋は「分かったよ」と肩をすくめた。
マンションに戻り、いざ便せんに向かう。
しかし、可恋から「下書きした方が良いよ」と言われる。
そうだよね、書き損じてばかりだとすぐに便せんがなくなってしまうかもしれない。
手紙を出す相手は、可恋のほかに”じいじ”、札幌の親戚、両親にお姉ちゃん、純ちゃん、あとは小鳩ちゃんや都古ちゃんにも出そうかな。
まずはノートに書く内容をインターネットで確認しながら整理する。
拝啓から始めて気候の挨拶を続ける。
内容はわたしの近況報告が主となるだろう。
結びの挨拶に敬具、日付、名前で大丈夫かな。
こういう時期だから、わたしの元気さをアピールしつつ相手の健康を気遣う文章を基本とする。
相手の顔を思い浮かべながら文章を練っていたらあっという間に時間が過ぎていた。
いつもなら夕食作りの手伝いをするのに、気が付けばもう可恋は夕食を作り終えていた。
「言ってくれればよかったのに」
「楽しそうだったから邪魔しちゃ悪いかなって」と可恋が微笑む。
「手紙って素敵だね。勧めてくれてありがとう」とわたしもニコリと笑う。
可恋は「楽しみにしているよ」とわたしの耳元で囁き、わたしは顔を赤らめた。
……いいもん、仕返ししてあげる。
凄い手紙を書いて可恋を悶えさせてあげるんだから!
††††† 登場人物紹介 †††††
日々木陽稲・・・中学2年生。お喋りは大好きだが、相手の感情を読み取る能力に長け、細やかな気遣いは決して手を抜かない。
日野可恋・・・中学2年生。基本ひとりを好み、自分のペースを乱されることを嫌うタイプ。一緒に過ごせるのは陽稲だから。
『令和な日々』は小説家になろう、カクヨム、pixivに重複投稿しています。