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日本が発行した最初の外国債券は

以下は、最近電子出版した「語源で学ぶ投資の英語、年金の英語」という書籍の一節なのですが、この経緯に個人的に非常に興味を持っています。

<「語源で学ぶ投資の英語、年金の英語」から引用>

歴史の授業で、1872年に日本で初めて鉄道が 新橋と横浜の間に敷設されたことは、多くの人が学んだと思います。しかし、皆さんはその敷設費用を賄った資金源が日本政府の初めて発行した外国債券であることはご存じでしょうか?

明治政府は明治3年(1870年)に九分利付外 貨国債をロンドンで発行し、この鉄道敷設資金 に充てたといわれています。当時の日本政府の 発行する債券を購入したのは一体誰だったのでしょうか。極東にできたばかりの国の政府が、初めて発行する債券に投資した勇敢な(あるい は無謀な)人たちの顔ぶれは具体的に紹介されていません。しかし、明治初頭の日本のインフ ラ整備のために来日して大きな貢献をした多く の外国人技師たちとともに、日本の歴史に名を 残してもよい人たちだと思います。

最近、投資信託の世界で、発展途上国の政府 や企業が発行する債券に投資する商品があり、 「新興国債券ファンド」とか「エマージング・ ボンド・ファンド」などの名前で人気を博して いるようです。

これらのファンドはリスクが高く、投資家に とっては手の出しにくいものといわれていますが、明治の初期に日本に投資した人たちは「エ マージング・ボンド・ファンド」どころではない、皆目分からない投資対象に投資したのでは ないでしょうか。彼らは、一体日本という国のどこに着目して投資したのでしょう。

後に大企業となった事業を起こした人、大きなインフラを完成させた人、画期的な製品を開発した人たちは歴史に名を残していますが、それらを資金調達という面から支えた多くの金融 マンたちの名前は、あまり表に出ることはない ようです。<引用ここまで>

博士論文を終えて次の研究テーマとして考えている一つが、この日本初の外国債券の発行についてです。研究というより、何か物語みたいに、多くの人に気軽に読んでもらえるような内容にできたらと思っています。

資料に当たり始めていますが、現在のところ見つけたのは、「井上馨侯傳記編纂會」というところから出ている「起源、九分利付外國債」というものと関西大学名誉教授の戒田郁夫という先生が書かれた明治前期における日本の国債発行と国債思想」という本です。前者はメモ書きみたいなもので、研究書としてまとめてあるのは後者です。

戒田郁夫の本によれば、国債発行ということに対する世の中の人の感情はすこぶる悪かったようです。曰く…

<引用>
市民が身分の区別なく各人の自由意思決定で国家に貨幣を貸し付け、しかも国家自身が財政収入の不足分を公然と自国市民や外国市民から借りてそれを恥じともせず、また市民も政府への貸し付け証書を金融市場で売買する西欧国家の「国債制度」の導入は、明治初期の多数の日本人にとってまさに文化ショックであった。わが国はこのような財政制度における異文化との摩擦をどのようにして解消し、やがて国債アレルギーを克服することが出来たのか、明治初期における国債制度の受容と国債思想の普及過程を考察する。
(中略)
当時の攘夷思想の一環として、外債の発行は国体を汚す売国的行為として排除され、外債残高の減少が好ましいとする風潮が支配的であった。外債残高を消却するために献金する者は「愛国有志の士」であり、外債を内債に借換えるに際してそれに応募する人は「義民」であると称賛された。
<引用ここまで>

厳しい環境の中で、しかもお金のない明治政府が、どうやって近代化のための資金集めに知恵を絞ったか、このプロセスには、なかなか面白い物語が隠れているような気がします。

こちらもお読みいただければ幸いです。





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