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前科者と呼ばれても、政治家として闘うワケ

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ー私を誰が嵌めたのかー 市長当選、逮捕、無罪判決、逆転有罪判決、そして、これから。 新聞やテレビでは報じられない事実を、私の目線から綴ります。
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#検事

#72 叫ぶ検事。爆笑の傍聴席。

第2回公判で証言台に立った中森氏が、再度、証人尋問のために呼ばれました。 今回は、O氏との"対質形式"での証人尋問。 中森氏の裏の顔が暴かれる環境は整いました。 彼の証言、そして検察の主張は、常識から逸脱し過ぎている。 それは、傍聴席の反応からも明らかでした。 >>>>>>>>>> 11月19日、第7回公判。 中森氏への再度の証人尋問、O氏との"対質形式"での証人尋問です。 この日の公判には多くの注目が集まりました。 中森氏は、前回の証人尋問で手紙の内容やO氏について

#71 「いつもすみません」の真意

中森氏への証人尋問。 検事と中森氏の、1ヶ月にわたる昼夜問わない綿密な打ち合わせ。 しかし、私たちの手元にはO氏からの奇跡の手紙。 これをきっかけに、中森氏のウソの仮面を引き剥がすことになりました。 裁判は、被告人である私への"被告人質問"に進みます。 事実をありのままに話すことを心がけた私でしたが、どんな質問が飛び出すのか。内心は不安でした。 しかし、検察からの質問の中心は、驚くほど小さなことでした。 >>>>>>>>>> 中森氏の裏の顔を暴くことになったO氏の

#70 剥げる化けの皮、取り乱す検事

中森氏の証人尋問1日目。 検事のシナリオと詐欺師の演技によって、検察側にとっては完璧とも言える主尋問が行われました。 O氏からの手紙の存在を知らない人たちは、中森氏が社会復帰のために、家族のために、"贈賄"について話をしたのだと信じかけてしまったことでしょう。 しかし、ここから、弁護士の鋭い質問の攻勢が始まります。彼らの完璧、詐欺師の化けの皮がみるみる剥がれていくことになるのでした。 >>>>>>>>>> 証人尋問2日目。 弁護人から中森氏への反対尋問。 午前、午後と

#51 40日ぶりの外の人

逮捕後から"接見禁止"。 弁護士以外の人とは面会も手紙のやり取りも許されていませんでした。 起訴が決まり、捜査が終わった後も変わらず続く接見禁止。一体いつになったら解かれるのか、全く検討がつきませんでした。 そんな中、二人だけ接見禁止が解除されました。 "市政運営のための情報交換"。要は仕事のために解除されました。 仕事と言えど40日ぶりに会う外部の人でした。 >>>>>>>>>> 8月7日、接見禁止の一部解除が認められました。 勾留状態を少しでも解くために、保釈申

#47 父からの手紙、母からのジャージ

取調べの20日間、それから先が見えない勾留期間。 「よく頑張ることができたね」と言われますが、多くの人たちのおかげで、私は乗り越えることができました。 市長として、政治家として、多くの人からのメッセージに救われました。 家族や大切な人からの励ましが、個人としての弱い私を支えてくれました。 >>>>>>>>>> 多くのお手紙や応援メッセージ、寄せ書き。 市民の皆さん、市役所職員さん、ご縁のある方々。本当に多くの方からいただきました。 これらの内容を弁護士の先生から伝えてい

#46 本当にあった留置場エピソード

留置場での生活については、前話で紹介しましたが、その他の... ・入って早々に"市長"と呼ばれたこと ・被疑者として警察官が来たエピソード ・護送車に乗った時のエピソード ・担当さんたちの話 私にとって印象深かったことをいくつか紹介したいと思います。 >>>>>>>>>> 留置場では、今でも忘れられない出来事がいくつもありました。 まずは留置場に入って間もなく、数名から"市長"と呼ばれたことについて。 取調べが終わっても続いた接見禁止。外部からの情報は、弁護士との面会

#45 留置場での一日

留置場生活は、経験することはもちろんのこと、これまでの生活では知ることもなかったことばかりでした。 お風呂は5日に1回。 お金を払えば頼める冷めたメニュー。 菓子やパン。 平然を保ち、過ごそうとしましたが、その一つ一つのことが、留置場にいることを痛感させる日々でした。 "102番"こと、藤井浩人の留置場でのスケジュールをご紹介します。 >>>>>>>>>> 8:00 お風呂は、まさかの午前中。5日に1回だったと記憶しています。 はじめは、その回数の少なさに驚きました。

#44 私の名前は、102番

逮捕からの取調べが終わり、ようやく身柄が解放されるのかと思いきや、裁判所からの許可は無く、勾留は続きました。取調べが無いことで、朝から晩まで留置場で生活をすることになりました。 2012年に一世を風靡した映画『レ・ミゼラブル(日本語版)』。主人公のジャン・バルジャンは窃盗により収監され、"24653"と呼ばれていました。 まさか自分が番号で呼ばれる日が来るとは... >>>>>>>>>>> 留置場での生活について紹介します。 私の名前は"102番"。名前では呼ばれません

#43 最後の取調べ

任意同行の日から、刑事と検事による取調べが毎日続きました。 手錠をつけ、パイプ椅子に座り続ける一日は、とても長く感じました。 毎晩寝る前に、その日のことをノートに綴りながら、残り8日、残り7日、6日、5日...と、勾留の日数を数えることで気を紛らわす毎日でした。 もしかすると、再び事件をでっち上げられ、再逮捕で更に20日間の取調べが行われる可能性も聞いていました。 そして、ようやく迎えた最終日。 新たな証拠も証言も出てこない中、捜査機関は、どう締め括るのでしょうか。

#42 日常を奪う人質司法

勾留理由開示公判で、裁判官がいかに頼りないものなのかを実感しました。 そして、勾留取消請求は却下され、さらに10日間の勾留延長が決定しました。 弁護団は、私を一日でも早く不当な勾留から解放するために、できる手段全てに着手。 それぞれの手続きごとに新たな書類が作成され、提出前には必ずアクリル板越しに確認してサインをしました。 しかし、その努力も空しく、すべての手続きが却下されました。いわゆる"日本の人質司法"の大きな問題を身をもって経験することになりました。 >>>>>>

#40 検察のシナリオ

皆さんは、「選挙」に対してどのようなイメージを持っているでしょうか。 投票率の低下や若者の選挙離れなどは、社会の大きな問題でしょう。 せめて自分が立候補する選挙では、選挙から政治を変えたいという想いもあり、できるだけお金をかけず、協力してくれる人たちの力を借りて、クリーンな選挙を貫きました。 そして、市議、市長に当選することができました。 しかし検察は、何とかして私を賄賂を受け取った犯罪者に仕立て上げるために、私が”選挙活動の資金援助を不正に依頼した”という話をでっち上

#39 祝儀の金額、デートの内容

警察、検察による捜査の手がどんどん拡がるにつれて、浄水プラント、選挙活動、政治活動、塾の関係者など、多くの関係者が巻き込まれていきました。 対象者や内容から見ても、証拠を探すためだとは到底思えませんでした。 多くの人を苦しめ、私を精神的に追い込み、さらには世間に悪い評判を広めることが目的であると思えるほどに・・・。 ■登場人物 私:藤井浩人
 Y刑事:愛知県警刑事、任意同行から私を担当。逮捕前の取り調べから、積極的に恫喝。 >>>>>>>>>> 「そうそう、検察から連

#37 アンフェア

逮捕、勾留が決定すると、捜査機関は10日間、さらに延長10日間の合計20日の間に、取調べを行い、必要な証拠を整えます。 逮捕直後は、恫喝や脅迫のような言い方で、私を精神的に追い込もうとしていましたが、日が経つごとに刑事の取調べ時間が少なくなり、検事の取調べの時間が増えていきました。 彼らがどのような作戦で、どのような証言を取ろうとしているのか。全く検討がつきませんが、明らかに「不公平で反則だ」と言いたくなるような取調べでした。 ■登場人物 私:藤井浩人
 K検事:検察官

#24 目つきの悪い29歳市長、危うい手腕

6人の弁護士団の先生方の時間をずらしながらの来訪。そのたびに取調べが中断され、私は冷静さを取り戻す時間を持つことができました。 一方で留置場の外では、通常では考えられない弁護活動が繰り広げられていました。何もできない無力な自分にとって、これほどまで頼もしいものはありませんでした。 そして、そんな活動が必要なほど、私を犯罪者扱いする新聞報道であふれかえっていました。 >>>>>>>>>> 「ここまで来たら裁判は免れないでしょう。裁判で潔白を明らかにすることと、美濃加茂市