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渋谷駅の永久迷路に負けまして

先の金曜日の15時から、神谷町でとある役所の委員会があったものですから、2時間前の13時には家を出ました。乗り継ぎさえ問題がなければ1時間もあれば十分に到着可能ですが、目を悪くして以来、都内の移動には30分は余裕を持つ、を旨としているのでした。

そうでなくとも、今回はルートにあの恐怖の渋谷乗り換えが含まれています。歴史的な大規模改修工事が始まってからというもの、僕にとって「渋谷乗り換え」は東京生活の……といいますか、人生の鬼門とさえ感じているのでした。

今回は、吉祥寺から井の頭線で渋谷、渋谷から山手線で恵比寿、恵比寿から地下鉄日比谷線で目的地の神谷町というコースを採りましたが、「渋谷乗り換え」の回避ルートは何通りもあったわけです。なのに敢えて渋谷を入れたのは、どうしても井の頭線が捨て難いがゆえ。僕の吉祥寺好きは井の頭線好きといわば一対の関係にあるようにさえ感じます。

さて、結果的に、行きの渋谷乗り換えは肩透かしでも食らったかのようにスムーズでした。変貌を遂げつつある駅および駅周辺の光景を眺める心の余裕さえあったほど。アタマの中ではJR東海の新コマーシャルソング、UAの「会いにいこう」がヘビロテ状態で鳴っていました。

ただ、往路のスムーズさですっかり油断してしまったことがその後の事態を悪化させた、とも言えましょう。復路では、渋谷駅の永久ラビリンスにまんまと嵌ってしまったのでした。

工事の進捗に合わせてほぼ月替わりで変わる迂回路、その場凌ぎの案内板、鉄板剥き出しの壁と通路、階段……基幹駅機能を止めずに世紀のリノベ大工事を進める工程管理は見事と言うよりほかないのですが、中途半端に目の悪い僕にはなかなかの試練です。これで、白杖でも手にしていれば駅員や心優しい市民の誰彼が向こうから手を差し伸べてくれるのかもしれませんが、

「白状すれ白杖なしの半端者に都会は薄情だなあ」

と弱音を吐く資格さえもありません。

いよいよ困り果て、たまたま入った見慣れぬ商業施設の真正面にインフォメーションデスクがあるではないですか。迷うことなく、つかつかと近づくと、それまでお喋りに興じていた同じ制服・同じ制帽の若い女性が二人揃って直立状態に。

「スミマセン、井の頭線への途を教えください、少々目が悪いもので」

思いもよらず口をついて出た「少々目が悪いもので」の余計な一言に、実は自分が一番驚いたと言うのが偽らざるところです。果てどない永久迷路に泣きたい気持ちにでもなっていたのか、なにやら楽しそうな談笑を遮ってしまったエクスキューズだったのか、はたまた、そういうことを言ってみたいお年頃なのか。

その上、訊いた本人がJINSの新色カラーレンズ「ミディアムグリーン」を入れた丸眼鏡をかけているものだから、疑う余地とてなかった、と思われ。それが証拠に、その後に続いたのは、微に入り細を穿つような懇切丁寧な説明でした。

ごめんね、その実、成り切りでして。お蔭で、「いったん西口を駅舎の外に出ますのがよろしいかと」の先には、それが設置された何十年も前のことをありありと覚えている、あのモヤイ像がありまして、なんだかその懐かしさに心は大泣きでした。

ガード下の横断歩道を渡れば、井の頭線へと続く天国への階段……あ、いやエスカレーターを駆け上がるだけ。さ、吉祥寺に、会いにいこう!


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