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FIREは自己実現、WATERは社会実験

アクロニムを弄するのが割と好きだ。例えば、日本航空(Japan Airlines)をジャル(JAL)とやるのがアクロニム。頭字語といったりもする。

ただ、全日空(All Nippon Airways)をアナ(ANA)とやるのはアクロニムだが、エーエヌエー(ANA)と読ませるのなら、より厳密には、こちらはイニシアリズムとなる。ま、この辺りのことはあまり細かく分類しても得るものは少ない。

数年前、2年ほど経営に携わった会社の新しいモットーをDANCE!とした。

Discover
Anzen,
Nature,
Community and
Entertainment!

のアクロニムで、覚えやすくて読みやすく、しかも可愛い……と一人悦に入っていたが、

「名刺を出すのが恥ずかしくて……」

などと、総じて社員のウケは芳しくなかった。

そもそも、居並ぶ英単語のなかで、社是や商品群と抜き差しならぬ関係にある「安全」だけがなぜにそのままローマ字表記でanzenなのか、という口さがない者もいた(あ、痛たた……)。

「トヨタのカイゼンがいまや世界のkaizenであるように、うちのanzenももはや人類普遍のテーマなのだから」

などとうそぶいてはみたのだが。

さて、FIRE。このFIREがFinancial Independence, Retire Earlyのアクロニムで、十分な資産形成の上に早期引退を叶える、若い人たちの間でのひとつの到達目標、人生の成功モデルであることは改めて解説を要しないかと思う。

もっとも、現実はTIRE、すなわち、 Tired Incredibly, Retire Early(ほとほと疲れ果てて、早めに引退)も厳しい現実ではあるな、と。

あるいは、理想のFIREには資産形成が追いつかずとも、気力・体力を余して仕事を早めに辞める一方で、副業や投資は続け家計を補う「サイドFIRE」なる亜種・亜流もあるらしい。サイドFIREと「退職してみたら毎月赤字続きで慌ててバイト」との違いは限りなくグレイではある、と思うのは僕だけ?

要は、早期引退の前と後とでは、主には経済基盤の激変に起因して、生活の様相ががらりと変わることに難しさがあるわけで、なので「フルタイム号」という名の快速列車が終着駅に到着する前に体良く「飛び降りる」(=FIREする)といった風潮が高まりつつあるのだろう。昨年までのNISAと今年からの新NISAを引金とする投資ブームがこれに拍車をかけているのかもしれない。

ならば、現ナマ詰め込んだアタッシュケース片手に列車から飛び降りられる一握りの資産強者のことはこの際放っておいて、途中下車して鈍行に乗り換えたい、あるいは、いっそ途中から線路づたいを歩きたい人々の存在には、社会がシステムとして光を当て、新しい生き方、仕事の仕方のひとつとして、ポジティブに捉え直す必要がある、と考えた。それこそが——FIREの向こうを張った——WATERである。

なので、FIREと同様、このWATERももちろんアクロニム。Workout-based AnyTime, Early Retirementでどうだ? すなわち、直訳すれば「トレーニング・ベースの、いつでも利用可能な、早期引退(制度)」。意訳すれば「早上がり(早期引退)のレッスン制度」となろうか。僕としては、DANCE!に続く自信作第2弾である。

とはいえ、WATER構想は未だ端緒を開いたばかり……というか、今朝方の夢枕に立ったばかり。ここではその仔細な制度設計はともかく、基本的な考え方、哲学を述べるにとどめたい。

まず、なぜ「レッスン」であって、いきなりの本チャンではないのか? 喩えて言えば、「早期引退」はスピルバーグ監督作品の「未知との遭遇」であって、来るぞくるぞとやってきた、得体の知れないお化け宇宙船に乗り込む感じ? 乗り込んだが最後、元いた場所——デビルスタワー?——には二度と戻れないかもしれない。周囲に早期引退を経験した人々がいないわけではないけれど、多くを語らないし、仮に語っても個体差があってあまり参考にはならない。ならば、自ら身をもって早期退職の実地訓練に身を置くことができたらどんなに助かるか。企業に、政治に、政府に呼びかけて、社会インフラとしてのWATERな仕組みをなんとか実装したい。

こう書くと、しかし、「早上がり(早期引退)のレッスン」は「休職」となにが違うのか、との疑問の声が上がりそう。結論を先に書けば、休職がいずれ元の持ち場に戻ることを前提としているのに対し、WATERはプロベーション、すなわち「仮免」ながら辞めるのは辞める。「路上」に出て、早期退職者生活のハンドルを握るのは握るのである(でないと、リアリティは学べない)。ただ、あまりにも前途がワインディングロード過ぎて、運転に自信喪失したような場合に限り、例えば、2年なり3年なりの「仮免有効期間」内なら復職を認めるというもの。いわば、「人生最後のカムバック採用制度」と呼んで呼べないこともない。

さらには、WATER下でのレッスンを経て、FIREの本番に移行もあり得るのか? もちろん、あり得る。WATERはあらゆる早期退職のかたち、可能性を排除しない。ただ、思想的……というか、指向性的には、WATERは経済強者としてのFIRE予備軍よりは、例えば、経済基盤の弱い、社会的弱者にこそ目を向け、もっとしなやかな、もっと豊かな生き方、仕事の仕方を一緒に編み出そう、と問いかける。

考えてみれば、ヒトは「退職」や「引退」をもってパソコンでいう「スリープモード」に即入るわけではない。強いていうなら、OSを入れ替えて、担うタスクを一新しようという話。とはいえ、長年身につけてきた知見や人脈をかなぐり捨てて、ゼロベースで出直すのもおかしな話である。それは、雇用主や社会の側とて同じ。新しい社会実験・WATERを通じて、労使双方が、多彩な人生、多様な人材を再認識、再発見する格好の機会にできたらと願う。——と、ここでのひとまずの結論。FIRE、TIRE、WATER……上がり方は人それぞれ、一様ではない!





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