「松本雄吉と維新派の世紀(2)」 アートの動物学(2) 『テアトロ』 2016年10月号

零れる人々

 大いなる歴史と広大なる都市空間。そこから零れたものたちとして、歴史やその空間に翻弄された無名の人々の顔を照らすこと。それは、昨今の現代演劇、とくに海外の演劇作品にも多いモチーフだろう。

 たとえば、東京芸術劇場が招聘したロベール・ルパージュの『887』。ルパージュ本人のみが出演する一人舞台であり、一族や家族の話を通して、ケベックというカナダでもフランス語圏に属する場所との強い連関をもって話がなされる。そこから透けて見えるのは、ルパージュとその家族が経験した歴史として、ケベックの分離や独立を求める声、行き過ぎたテロ事件など、半世紀近くにわたる物語だ。それをミニマムな舞台装置と一人で演じることによって、極小な存在である個人と歴史の結節点を現している。

 他にはプロフェッショナルな俳優を使わず、ドキュメンタリー演劇として多くの作品を作る、ドイツのリミニ・プロトコルの名を挙げてもいいだろう。実際の人々を舞台に現れることは、事実というリアリティの強さを見せるための効用であって、それが実際にフィクションか事実かは問うことはない。あくまで個人へと焦点を当てるための方法としてある。歴史のなかで市井の人々が翻弄される姿だけでなく、個人史の集積こそが歴史であるという、アナール学派を思わせる民衆史的な視点がある。

 だが、それらの作品には民衆史を描くことによって、歴史のもう一つの側面を提示する、もしくは歴史そのものを書き換えようとする意図があるだろうか。いわば、なぜ個人史を描くのか、ということだ。かつてならば歴史を描くことは、一つの暴力への抵抗であり、権力の場そのものへの挑戦だった。だからこそ、たとえばアンダーグラウンド演劇が描く歴史は、歴史の奪還を目指す行為であり、権力への闘争を意味した。

 むろん、そのような権力の側が用意した、大きな歴史の物語が消失したのが現在であるということもできる。現在の演劇が描く歴史は、「なんとなく、リベラル」な作品が多い。リミニ・プロトコルの作品が日本へと受容されるコンテクストは、昨今の日本の現代演劇でもてはやされる「社会と演劇」というテーマに回収されて、それこそリベラルな口当たりのよい演劇に分類される。かつてならば公共圏そのものは、そもそも権力の側が用意した場であったのだが、そのもの自体が前提とされる。実際、彼らはラディカルに運動との連携や社会の革命を謳いはしない。だからこそ、大多数に受け入れられるリベラルな作品となる。

 では、維新派はどうか。確かに、それはラディカルに、かつ前面に政治や社会状況に対してイシューを提示するような作品ではない。しかし、それはラディカルさの向かう方向が違うのではないか。いわば一つの極として、68年世代の演劇が求めた方向性と言ってもいい。単純に政治的なラディカルさを運動とともに追及するのも一つだろう。しかし、もう一方では、たとえば身体そのものの置かれた位置を思考するなど、あるもの自体を深く問おうとすることがある。束縛される規律や訓練化された身体の位相を提示することは、精神のみならず縛られた身体へと視線を内向化することである。それは、そのもの自体を見つめるという意味では、ラディカルさの別の極としてある。政治と運動の季節の限界とともに分かれた二つの流れ。よりラディカルに運動と演劇の連携をアナーキスティックに目指すか、身体に限らずともあらゆるマテリアルそのものを考えること。アンダーグラウンド演劇の世代から影響をうけたものたちがもった二つの方向性の帰結といってもいい。

 むろん、「ヂャンヂャン☆オペラ」と銘打たれた作品がはじまったのは、70年代よりさらに後の時代、90年代に入ってからである。だが、それまでの間に松本が思考して、創り出していた作品や実験の数々は、大きな流れで言えば、68年世代が持ったラディカルさの一つとしてあった。

 そして、その表現へのラディカルさの追及は、同時に直截的なテーマとしなくとも、やはりイシューが存在する。それが20世紀的なるもの、いわば歴史と都市に懐胎した人々を描くことであったのではないか。

20世紀 3部作が残したもの

『nostalgia』、『呼吸機械』、『台湾の、灰色の牛が背のびをしたとき』

 都市と人々。それはどれだけ都市から離れた地域で、広大な空間を使って維新派の代名詞である野外で上演したとしても、作品に現れるのは都市空間とそこから零れた人々の風景である。いわば、打ち棄てられた人々の歴史を描いているといっていい。しかし、それは悲惨であるかもしれないが、単に凄惨な生き様だけを描くわけではない。中上健次の小説のモチーフである「路地」という被差別地域とそこに生きる人々は、しばしば松本の作品のモチーフの一つに入れられる。ただし、中上の路地とは微細な差がある。

 例として、維新派が上演した「《彼》と旅をする二十世紀三部作」を挙げてみよう。この3作は1作目の『nostalgia』が南米、『呼吸機械』がヨーロッパ、『台湾の、灰色の牛が背のびをしたとき』がアジアを舞台とする作品である。1作目は劇場での上演であったが、2作目は琵琶湖湖畔、三作目は瀬戸内海の犬島と劇場で上演された。それらが描いている時代は、まさに20世紀的なるものである。

 たとえば、戦渦のなかを移動する人々。戦争は確かに人々の移動を生む。そもそも移動は、ある現状から逃れようとすることから始まる。経済格差もそうだ。恵まれた新天地を夢見てブラジルへと渡った日本の移民たち、ヨーロッパからアメリカへ戦渦を逃れるように移動した人々。難民を含めて、移動は新しい局面を無理矢理にでも作る。同時に彼らは移動せざるを得ない人々でもあるのだ。

 この維新派の三部作が影響をうけた一つに、ギリシャを代表した映画監督であるテオ・アンゲロプロスがいる。同じように、アンゲロプロスは20世紀3部作として、『エレニの旅』、『エレニの帰郷』の二作を残している。彼が亡くなったために、3部作目は未完のままで終わったが、アンゲロプロスもまた、基本的なモチーフは変わらない。

 それは、ギリシャ内戦を通じて、二次大戦後、国際共産主義の前線から忘れ去られていく現代のギリシャという国とその歴史がある。現代のギリシャを、旅をして移動する人々をもとに描くのだ。おそらく、彼の最も有名な作品である『旅芸人の記録』もそうだ。古代ギリシャ悲劇をモチーフにしながら、現代ギリシャの内戦をはじめとした悲惨な歴史が重ね合わせる。それは、かつて世界史の中心にあった古代ギリシャと現代との接点だ。危機のときにしか注目されない現代のギリシャ。そしてそれは、半ば打ち棄てられた国と人々の姿である。

 維新派の二十世紀三部作のモチーフも同じように一貫している。一次大戦から二次大戦にかけて、戦渦の中で逃げ惑う人々であり、移動する人々である。だから、物語はシンプルだ。むろん、それは特異な身体の動きともいえるムーヴメントを見せたり、緻密な演劇的な演技の部分がなかったりする以上、広大な劇場スペースを使うこともあって、複雑な筋は作りづらい。だから重要視されるのは、どの作品にも登場する少年や少女という、ある時代を駆け抜けていく、もっとも弱い立場のものの視点になる。

 ただし、日本から南米へ流れた移民たちが、さらに連結して起こっていく革命の最中の南米大陸を旅する『nostalgia』と二次大戦のヨーロッパを描く『呼吸機械』。この2つと3部作目の『台湾の、灰色の牛が背のびをしたとき』は、微かに色彩が違う。日本から南米へ行き、また3部作目でアジアの多島海から日本へと辿りついた人々と最終的に世界を一周まわることになるのだが、3部作目のアジアは植民地期の台湾なども表れるが、過酷さは牧歌的ともいえる風景と両居する。

 おそらく、中上の遺作である路地との違いもそこにある。『異族』も日本からアジアへと渡ろうとする血気盛んな若者たちの話だ。血統をはじめとした血の濃さも他の作品と同様に書かれる。だが、同時に路地はある共同体として、そこに穏やかな風景も残しているはずだ。誤解をおそれずに言えば、そこに人々が暮らしているのならば、それがどのような場所であれ、日常は存在する。さらに言えば、差別されている者たちと言っても、共同体ならではの、日常から生み出される楽しさも同時にあるはずだ。

 松本の描く3作目の『台湾の、灰色の牛が背のびをしたとき』は、どれほど悲惨な歴史があっても、たおやかさをわすれない。時々、変拍子のリズムにのって表れる言葉からは、植民地統治時代に日本が行った圧政による厳しい言葉も確かに述べられる。だが、牧歌的ともいえる東南アジアから東アジアの島々へと流れる気候や風土は、ときに歴史を描く主体である人間そのものも、また一つの動物に過ぎないことが提示される。

 それは、フランスの詩人ジュール・シュペルヴェイユの詩の一節から引用したタイトルにもあるように、見渡す限りの海の中に浮かぶ島々へと新しい希望を見いだし、一つ一つを渡っていった、先史時代の人々の望郷の思いだろう。ここではない、どこかへ、という部分では中上の作品と同じだろう。しかし、その風景を描くことは、維新派の場合、世界史の主役であるヨーロッパやアメリカとは違う別の視点で、しかも、弱者である島々のマイノリティたちをもとに、20世紀を捉え直そうとしている。


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