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熊猫堂と僕の4年間が宝物になった日

訓練生時代から追いかけること4年、やっと、やっと本物の熊猫堂ProducePandasに会えました。

CDジャーナル熊猫堂取材班ー!
ありがとうございました!!!

最近知り合った方は、ピロやまさんって何者?って思ってるかもしれないので、これまでの経緯をじっくり話そうと思います。

僕が熊猫堂のメンバーで1番最初に見つけたのは、十七君でした。まだ訓練生時代で、ゲームセンターでBIGBANG「LIES」を踊る十七君の動画を見て「好きすぎてキレそう」「何もかもが完璧」と全僕がスタンディングオベーションしました(笑)

4年前の抖音の動画、知ってる人いる?

そのあと彼がProducePandasというグループの一員と知って、Youtubeで「SUPER CLAP」のカヴァー・ダンスを視聴。これが2020年1月頃の出来事でした。

2020年の夏、電撃デビューを果たした熊猫堂ProducePandasがセカンド・シングル「碎碎念」をリリースした頃、共通の友達を介してすぐる君(from そうゲイ)とご飯に行く機会がありました。
そこで恋愛トークやら熊猫堂の良さを語っていたら(MVを見ながらいっしょに十七君のスクショ撮ったりしていました 笑)、後日彼がやっているYoutube「そういうゲイならもう一度逢いたい」に出演してくれませんか?と連絡をもらいました。

それで出演した動画がこちら。恋愛保障理事会と題して過去の恋愛を赤裸々に語り、ついでに熊猫堂の話もちょろっとするみたいな回でした。

反響が大きくて嬉しかった!

2021年9月、CDジャーナルがそうゲイをインタビュアーに迎えて熊猫堂の特集が始めたので、嬉しくなって激烈なファンレターを送っていると、なんと編集長から長文のDMをいただきました。
当時は「The ONE」という曲がリリースされたばかりで、この曲について800字のコラムを6日後までに書いてくれませんか?という依頼でした(笑)

おそらく、そうゲイとも親交があるからということで声をかけてもらったのだと思いますが、すごく嬉しくて二つ返事で仕事を受けました。
それから四半期に一度、雑誌の特集を毎号お手伝いさせてもらうようになりました。

そのあとの2年間は熊猫堂へのメールインタビューで「日本へ来てください!」と送り続ける日々。コロナや社会情勢で来日の目処が立たない期間が続きました。

2023年9月に当選したオンラインファンミーティングでは
「日本へ行ったときは必ずひろしさんに取材してもらうからね」
とリーダーの鼎ちゃんが約束してくれて、結果的に言うと本当に叶いました。
もうね、これはさすがに泣きました(笑)

鼎ちゃんが後ろから翻訳アプリで伝えてくれました

そしていよいよ現在2023年12月、ついに熊猫堂の来日ライヴが行なわれて、その翌日に都内スタジオでグラビア撮影と2時間の対面インタビューをしました。本当に、本当に夢のような時間でした。

しかしそのあとに待っていたのは、3日後までに(他の仕事やイベント出演しながら)コラムを書き、14ページの記事を完成させるという超ハードスケジュールでした(笑)
これまでにないタイトさで、寝る間も惜しんでライヴレポートを書いて、真夜中にインタビュー原稿の訂正をして、そしたら編集長も朝方にメッセージくれて、そっちも起きてるじゃんって笑っちゃったりしました。

おかげで校了したときはとてつもない達成感がありました。ちょうどパンダの5人と悪魔さんが帰りの飛行機に乗る時間で、あぁほんとに終わっちゃったなぁ、彼らに出会えて本当によかったなぁと思うと涙がボロボロ流れてきて止まらなくなりました。本当にやらせてくれてありがとうございました。

今回やらせてもらった内容は、12/25(月)発売のCDジャーナル2024冬号をぜひチェックしてもらいたいと思います!!応援してくださったみなさん、本当に本当にありがとうございましたーー!!!

東京で撮り下ろした表紙
ちなみに七哈のおしりの下には高さを出すためのブロックが3段積んであります(笑)



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さて、ここからは僕のもっと深いところの想いを語ります。
長いので読み飛ばしていただいて結構です!あでゅ〜!!

***


僕はもともと、自分は自分以外の何者でもないという考えを持っています。(当然ですが)
というのも、セクシャリティをはじめに、年齢、性別、国籍、趣味趣向などのフィルターを通して自分を見られることに強い抵抗感を持っています。

勝手なラベリングやカテゴライズをされたくなくて、唯一無二の存在として自分を見てほしい。
ゲイだからこう、日本人だからこう、パートナーとの関係はこうでなくてはいけない、とかそういう既存概念にとらわれたくないという感覚がかなり強いタイプです。

熊猫堂ProducePandasのことを好きになったのも、彼らの活動コンセプト「多様性の時代に型破りなボーイズグループ」に自分の想いが重なる部分があったからかもしれません。

だから、すぐる君からそうゲイの出演オファーを頂いたときは正直かなり悩みました。ゲイとしてYoutubeに出ることには強い抵抗があったし、カムアにもなるし、かなりの覚悟が必要でした。
それでもなぜ吹っ切れたかというと、コロナウイルスの大流行があったからだと僕は思っています。

ステイホームの期間中は、今の時間を絶対に無駄にしたくない!という気持ちが強くて、どんどん新しいことに挑戦していました。
料理やダンス、絵を描いてみたり動画配信をしたり、長続きしなかったものも多いですが、色々やってるうちに自分の殻を破る作業が楽しくなってきました。

それで、これもひとつの挑戦だろうと思って、そうゲイへの出演もやろうと決めました。
(ちなみにDJもこのときに始めたもののひとつで、今ではイベントに呼んで頂けるので大変ありがたいです。)

熊猫堂の取材に参加できたのはCDジャーナルのおかげだし、CDジャーナルをお手伝いさせてもらうようになったのはYoutubeに出演したからで、コロナがなかったらYoutubeにはきっと出ていなかった。
そう考えると、本当に色んなタイミングや出来事が重なって今があるんだなぁとつくづく感じます。

関係者の皆様、本当に貴重な体験をありがとうございました。
この経験は、一生の宝物です。

今後も精進しますので、何卒。

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