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裂けた鉤十字:ヨーロッパ映画の矜持を示した名優二人

裂けた鉤十字
1973年 イタリア/フランス合作映画
原題:RAPPRESAGLIA(報復)

フー流独断的評価:☆☆☆☆

ヨーロッパを代表する英国出身のリチャード・バートンとイタリア出身のマルチェロ・マストロヤンニの二大スターが共演したのは、おそらく二人の数多いフィルモグラフィーの中でこの作品が唯一だったのではないだろうか。このような世界的なスターの初共演となれば、鳴り物入りの大作か、はたまたクリスマス映画のようなお祭り映画が多いのだが、この場合はどちらでもない。監督のジョルジ・パン・コスマトスは、後には大作映画を手がけるようになるが、この時はまだデビュー直後の無名の監督だったし、作品自体も地味で重いテーマをもった作品だ。

映画は芸術の一分野であるという気概が、特にヨーロッパでは、強く残されていると思う。映画は、文学、美術、演劇、音楽などと比肩しうる芸術分野であるという自負が感じられるのだ。映画は他の芸術分野と比べればその歴史は浅いが、脚本、撮影、音楽、衣装、考証、美術、編集などを包含した総合性という意味においてはオペラに匹敵する。たとえば18世紀において、『フィガロの結婚』が娯楽性、時代性、そして何より批判性を合わせ持っていたのと同様に、映画は現代において、すぐれた娯楽性、時代性、批判性を持ちうるという自負だ。

この映画は、第二次世界大戦中にイタリアで起きた「アルデアティーネの洞窟事件」をもとにしている。戦争末期のイタリア・ローマで、パルチザンが仕掛けた爆弾によって市中を行進していたナチスの兵隊が30名以上死んだ。ナチスはその報復として、死者の10倍の数のイタリア人を処刑すると宣言したのだ。その処刑の場所が、ローマ近郊のアルデアティーネ洞窟だったのだ。ひざまづいた人の頭部を後方からモーゼル拳銃で撃ち抜くという方法で処刑し、その後は洞窟の入口を爆破して埋めてしまうという残虐極まりない手口だった。

しかし、いったいどのくらいの人がこの事件の事をご存知だろうか。日本だけでなくヨーロッパにおいても決して有名な話ではない。なぜならこの事件には、触れたくない、あるいは触れられたくない歴史の暗部があるからだ。「アルデアティーネの洞窟事件」が起こったのは、1944年3月。その前年に、イタリアはすでに降伏していたのだが、降伏から第二次世界大戦終結まで、実質的にナチス・ドイツに支配されていたのだ。つまり、厭戦的な国王一派によって(当時イタリアは王国だった!)ムッソリーニが失脚し、イタリアは降伏したのだが、ナチスとの同盟は解消しなかったのだ。降伏後は、ナチスの傀儡政権が実権を握っていたし、ムッソリーニはナチスに救出されて復権を狙っていた。ローマ法王は、親ナチス的な対応を取らざるを得なかった……このような状況を生き抜いた当時の人びとに対して、信念だとか、正義だとか、理想などを問うことは残酷だろう。誰もが、そんなものを表に出したら生きていけなかったのだから。だから、戦争とは絶対悪なのだ。基本的人権など、いっさい顧みられることはない。

ローマに駐留するナチスの親衛隊長をリチャード・バートンが演じる。何とか虐殺を止めようとする神父をマルチェロ・マストロヤンニが演じる。どちらも迫真の名演技だ。知性も常識もあり、虐殺命令に抵抗もするナチス親衛隊長も、結局は組織の重圧に負けてしまう。宗教的にも人格的にも高潔な神父は、ローマ法王を使って虐殺を止めようとするが、最後にはローマ法王に裏切られ、自ら虐殺される道を選ぶ。虐殺を実行する側も、阻止しようとする側も、人間として大きな差があるわけではない。個人の人間性などまったく無視したところで、ある意味では淡々と虐殺が行われていく。その不気味な不条理を二人の名優が真剣に演じているのだ。

興行収入もギャラも関係ない。戦争の理不尽と人間の弱さと強さを描こうとするマイナーな映画に、世界を代表する、キャリアにおいてもっとも脂の乗りきった二大スターが、お互いの人生で一度だけ共演を果たす。そこにヨーロッパ映画界の深さと、二人の名優の矜持を見ることができるのだ。

監督:ジョルジ・パン・コスマトス
製作:カルロ・ポンティ
製作総指揮:フィリップ・ブリーン
原作:ロバート・カッツ
脚本:ロバート・カッツ、ジョルジ・パン・コスマトス
撮影:マルチェロ・ガッティ
音楽監督:ブルーノ・ニコライ
音楽:エンニオ・モリコーネ
出演:リチャード・バートン、マルチェロ・マストロヤンニ

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