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狂い咲きサンダーロード:バクーニンよ……この映画に祝福を

狂い咲きサンダーロード
1980年 日本映画

フー流独断的評価:☆☆☆☆

19世紀のロシア貴族の家庭に生まれ、ひたすら自由のみを信奉し、世界中を駆け巡り、生涯の多くを牢獄の中で過ごした無政府主義者、ミハイル・バクーニン。
彼に言わせれば、自由とは「あらゆる権威(神、集団、個人)に対する個人の反逆」に他ならない。

人として生まれれば、社会の中で生活していかなくてはならない。しかし、社会こそはあらゆる権威の温床なのである。ならば、自由を希求する個人は何をなすべきか。社会に対して反逆しなければならないのだ。これが彼の結論だ。

ミハイル・バクーニンのアナキズムこそ、70年代前半に青春時代を過ごした僕にとって天啓であった。社会を根底から変革する目標を見失い、セクト間の覇権抗争とセクト内の権力抗争に現(うつつ)を抜かす学生運動に絶望していた僕にとって、それは分厚い雲間から射した一条の光であった。

学生運動にも、大学生活にも、就職した会社にさえも、それらが社会の一部である以上、常に権威は存在し、個人の自由とは相反する。バクーニンの天啓に従って生きる道を選んだのは、決して生やさしいことではなかったのだが。

僕が『狂い咲きサンダーロード』と出逢ったのは、もう20代も半ばにさしかかり、そろそろ結婚しようかという時期だった。青春はとうの昔に過ぎ去ってしまい、年齢の割には世間知ばかりを積み重ねた、まるで老人のような人間になっていた。そんな時に場末の東映の上映館で、多岐川裕美の体当たりのヌードで話題になった『聖獣学園』と抱き合わせで上映されていたのが、石井聰亙監督の『狂い咲きサンダーロード』だった。僕よりいくつか若い石井聰互にとって、この作品が日大芸術学部の卒業制作であったと知ったのは、後のことである。

主人公の名は仁という。暴走族の狂犬だ。彼は、自分の属する暴走族グループまぼろし(魔墓呂死)にも馴染むことができない。アナーキストは常に自らが帰属する組織に反逆してしまうのだ。暴走族を飛び出して、超右翼団体・国防挺身隊に身を置くが、もちろんここにも馴染むことができず、反逆する。

あげくの果てに、まぼろしと組んだ大政翼賛的な暴走族(笑)エルボー連合と国防挺身隊の連合軍に襲われ、チェーンソーで脚一本と腕一本を切り落とされてしまう。仁は絶望のあまりシンナーに溺れるが、そこから憎しみを増幅させ、自らの肉体を戦闘マシーンに改造して復讐を誓う。

彼を支援するのは、もはや組織ではない。小学生ながら闇マーケットで麻薬の売人をしている小太郎。その小太郎に紹介してもらった連続爆破事件の指名手配犯であるマッドボンバー。彼らだけが仁の味方だ。

仁は、彼らから大量の銃火器、ダイナマイト、バズーカ砲などを調達し、権威の権化である魔都サンダーロードに孤独な殴り込みをかける。すべてを破壊し尽くし殺戮し尽くした後、仁も瀕死の重傷を負い、無人の荒野に向かってオートバイを駆り立て、噴火中の火山中腹で静かに息をひきとるのだった。

いや泣いた。場末の映画館で、周囲をはばかることなく泣いた。
青臭い石井聰互が卒業制作に作った『狂い咲きサンダーロード』には、すべてが詰まっていた。

映画の神もまた反逆すべき権威なのかもしれないが、そこは許そう。やはり映画の神様は存在するのだと、僕は確信した。
たとえば、暴走族の連中が延々と続けるバカバカしい内輪話。どこかで、これと同じような場面があったようだがとデジャヴを感じた。それは学生運動のオルグと同じだった。
あるいは、神風特攻の前夜。貴様は行くのか俺は行きたくない等という、目を蔽いたくなるような議論。

社会、権威、自由、個人、これらの観念の泥沼から抜け出すことができない絶望の拳が、スクリーンからがんがん放たれる。スクリーンからたたき出される拳で殴りつけられながら、僕はカタルシスのような恍惚感を味わっていた。

主役の仁を演じたのは、山田辰夫。彼はその後、貴重なバイプレーヤーとして多くの映画に出演したが、おそらく彼は自分の人生を「仁」に捧げてしまったのだと思う。『狂い咲きサンダーロード』とは仁であり、そして山田辰夫そのものだった。彼は、五十歳そこそこで癌のため早世した。

そして、監督の石井聰互。申し訳ないが、卒業制作の『狂い咲きサンダーロード』を凌駕するようなエネルギーを内包し、かつそのエネルギーを放射させ続けるような作品を、その後の彼は撮れていないと僕は思う。
だが石井監督よ、自らの映画人生を嘆く必要はない。あなたは人類に『狂い咲きサンダーロード』を遺してくれたのだから。

監督:石井聰亙
脚本:石井聰亙、平柳益実、秋田光彦
製作:小林紘、秋田光彦
出演者:山田辰夫、南条弘二、小林稔侍
音楽:泉谷しげる
撮影:笠松則通
編集:石井聰亙、松井良彦


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