見出し画像

最年少は芦屋市長

40年前にわたしの赴任先は大阪だった。右も左もわからないかけだしのサラリーマン生活のはじまり。だれもたよるひとがいない。ひとりぽつりと孤独な毎日を過ごす。しかもまわりはベテランの証券マンばかりだった。アメリカから帰国してしばらく経ってようやく仕事が見つかったばかりのこと。

大阪にある本町というところにオフィスがあった。さて住むところはどうするか。これも右も左もわからないまま探してようやく見つかった。まあ西側に住むのがいいだろう。そんなところから門戸厄神というところにアパートをかりた。住むにはいいところだった。なんといっても神戸に近いということがある。神戸はおいしい食べ物がたくさんある。ただ土日はふらふらで寝てるだけの日が続いた。

しばらくして関西学院大学や神戸女学院大学を見つけた。車で行くところでは六甲。そこの夜景が見事であった。そんなときに芦屋というところを見つけた。どうもお金持ちの人が住んでいるところらしい。

あるオンラインイベントで芦屋市について話す機会があった。芦屋市の人口は9万3千人。それほど大きくはない。人口の3分の1は65歳以上と高齢化が進んでいる。大阪を東に、神戸を西に立地としては申し分ない。そこの市長について話をした。

市長は高島崚輔(たかしまりょうすけ)市長、27歳。日本で最年少の市長であり政治家である。灘高校を卒業後東大へ入学。その後ハーバード大学に留学をして卒業。最年少の市長になった。この市長について支援をするのかどうかという会話だった。

まず年齢について。27歳というのは若い。日本では選挙法により公職に立候補するには25歳以上でなければならない。知事に立候補するには30歳以上でないといけないことが定められている。さらに立候補するには3百万円を納めなければならない。

この制約により若い人が立候補をしない。また同じ年齢の人が政治家にいないために投票にいかないという現象が続いている。

霞が関の岸田政権。この内閣府にいるひとたちの平均年齢は64歳。なんとも高齢化が進んでいる。こうなると若い人のようなフレッシュな考え方が政治には反映されない。選挙権のある若い人たちが関心を示さないのも理解はできる。

この年齢を考えたときによく話題になるのが経験があるかどうかというものだ。日本の政治は経験がものをいうともいわれる。経験というよりもどれだけ他の政治家を知っているのか。つまり敵と味方をどれだけ知っているかということが問われる。政策はあまり問われないことが多い。ここで芦屋市では若い市長に託した。

立候補をした市長もちょっと変わっている。灘高からハーバード大学にいった。ならば通常は経営コンサルティングか金融に仕事を得る。20代は下働きをしたとしてもやがて30代になって中堅になる。その後はもっと上を目指していく。そのようなキャリア・パスを通る人が多い。

実際に経営コンサルティングは新卒で年収はいい。いまであれば1200万円以上はもらえるだろう。金融も悪くはない。株式市場が好調であり、インフレ対策として日銀が金利を上げている。そのため住宅ローンの金利が上がっている。日本のメガバンクはそろって業績がいい。つまり年収がいいということだ。40年間でもっとも業績がいい時期である。

市長であれば年収は悪くない。ネットの情報であるけれども芦屋市長は月給100万円である。これにボーナスやさまざまな特権がある。27歳でオフィスを市役所に持ってこれだけの年収があればいうことはないであろう。

ただどんな仕事をしているのか。気になるのは公共政策のひとつだ。芦屋市内に公立中学や公立高校がある。そこの校則が厳しすぎるというものだ。服装がいまだに私服が許可されていない。学生服を着ていかなければならないという。また髪の毛についても髪型や色に規制があるという。さらには自転車通学が許されていないところがある。これは厳しすぎる。

市長はこの件の是非について関係者と話をしはじめている。さて気になるところといえばこれだけの経歴で市長である。はたして私生活はどうなんだろう。ガールフレンドはいるのだろうか。そんなところが気になる。

わたしは門戸厄神でのサラリーマン生活は一年は気楽に過ごせなかった。バブルであまりにもはでな生活があったこともある。しかも誰も知り合いがおらずお金稼ぎだけの生活をしていたこともある。体調も崩した。

同じようにアメリカの大学に留学して帰国。外資系の証券会社に勤務しはじめたところだった。政治家になろうという気はまったくしなかった。