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アイデア資本主義の一側面

ちょうど40年前の今頃、東海地区の大学生のひとりとしてアメリカの大学にいった。東海というのは、愛知、三重、岐阜を合わせた地域。そこからアメリカの大学と交流するという機会を持つことができた。それは今からすると贅沢なもので1か月間、10人の日本人学生が自由に学生会議をしてくるというものだった。旅費はなんと無料であった。ひとり100万円くらいはかかったであろう。30年続いた名古屋テレビ海外派遣制度でその19回目(1981年度)にわたしの名前があった。

中西部シカゴから北東部ボストン、ニューヨークにかけて車で移動をさせてもらった。運転をしてくれたのは、ユタ州ソルトレークシティから親切にもバンを手配してくれた二人のドライバーだった。そのひとりとはつい最近まで交流が続いていた。

まず宿泊したのはシカゴ大学だった。そこに数日間滞在をしたときは、あの経済学者のミルトン・フリードマン博士の研究室があった。その研究棟からひとりの経済学者と対話することができメンバーと写真を撮った。シカゴをあとにするとボストンにいき、そこでは考えられないような機会があった。

それはあの著名な経済学者サムウェルソン博士と1時間話すことができるというもの。質問をすることまでできた。わたしの経済学への好奇心は最高潮だった。博士に友人が質問したのは、資本主義は持つ者と持たざる者を作り出してしまう、博士、それを食い止めるにはどうしたらいいかという質問だった。いまでも光景を思い出すことができる。

先日、あるオンラインイベントで資本主義の新しい形としてアイデア資本主義なるものを提唱する読書会があった。アイデア資本主義とは、アイデアが資本(お金)よりも上に来るという考え方である。ここまで単純化してしまうのは危険ではあるものの、あえて書けば、資本主義というものは、代替可能なものではなく、人間の本来の指向性を反映したもので、フロンティアの拡大というもので実現するシステムであること。ただ、それでは限界にきており、新たにアイデアというものが次に来るという考え方だった。

わたしはアイデア資本主義という考え方の存在は概ね認めている。ただ、懸念材料として3つの事象を提示してみたい。まずアイデアと資本の関係というもの。すぐれたアイデアを持つ者はごく少数に過ぎず、そのアイデアを市場で取引をする。それによって巨万の富を得るひとたちがごくわずか存在している。その人たちというのは、You Tuber、人工知能のエンジニア、そして経営コンサルタント。

アイデア資本主義の一面として、それが進むことによって、益々、格差ができてしまうのではないかという問題提起です。さらにそういったことがだれにでもできると勘違いしてしまい、路頭に迷う人たちが大量に出現してしまうのではないか。

まず、You Tuberについて。推しエコノミーの到来により、だれでもYou Tubeで動画を投稿できる時代になった。そしてYou Tubeというプラットフォーム上でなんらかの動画を投稿する。そうして視聴回数がある一定の数値を超えるようになるとスポンサーがつく。スポンサーにとっては、その動画の内容が自社の宣伝になるような内容を含んだものであれば商品が売れる。宣伝になるからだ。売れ行きは動画の内容と視聴回数の多さに正の相関をする。

売れっ子のYou Tuber は年収2億円だという。ただ、このようなYou Tuberになるひとはごく限られた人にしかなれないであろう。例えば、トップ10ならいいが、名も知れないYou Tuber になったとしてもほとんど稼ぎがないといえる。つまり、You Tuberは独り勝ちの職業だともいえる。こういうものがアイデア資本主義といえるのではないのか。

次に人工知能のエンジニア。カナダの学者の中に多く存在し、AIの論文を発表している。その論文の引用回数がトップ10に位置する権威ある学者がいる。その年収は5億円ともいわれる。そこからトップ100~300へと下がっていったとしても年収はそれなりに高く、4~5千万ともいわれる。

しかしながら、だれでもAIのエンジニアになれるとは限らない。残念ながらこの5千万の年収を受け取っているエンジニアは日本人にはひとりもいない。ごく少数のグループにのみに属するひとたちが手にする年収であって、きわめた限られた才能を持つ人でなければ手にすることができない。これはアイデア資本主義といえるのではないか。

最後にこのような人たちではなく、経済学を学んで経営コンサルタントになろうという人たちがいる。最近のデータによるとマッキンゼー、BCGの新卒の初任給は$100,000(1400万円)だという。マッキンゼーの求人に対する応募数は100倍ともいわれる。これはごく少数のひとにしか与えられない仕事といえるのではないだろうか。

知識集約型の問題解決のプロ。経営コンサルティングの年収は高い。これもアイデア資本主義といえるのではないだろうか。

となると、アイデア資本主義というものは、むしろ持てる者と持たざる者を益々、作り出してしまう。格差を悪化させる危険をはらむのではないか。とすれば、You Tuber、AIエンジニアの限られたトップのひとだけが恩恵を得るのみ。もっと悪いのは、それ以外のひとたち。戦いに負けて夢破れ路頭に迷う日々を過ごしてしまう。なんらかの規制や抑制がなければとんでもなく多くのひとたちが生活に困り果てる。

アイデアに翻弄されてしまう若者たち。失職しハローワークに行く。端末を使いすぎて精神異常者へと化していく。そして引きこもりになっていくのではないか。日本には100万人以上のひきこもりがいるという。そしてある学者は30年後には人口の5%にあたる630万人が引きこもりになるのではないかという。

40年前、サムウェルソン博士が今日のような事態をクリアに察知していたかどうか。彼は、持たざる者の問題が深刻化することは話題にしていた。いつまで経っても消えることはないだろう。ライバルであるシカゴ大学のミルトン・フリードマン博士の理論が誤解をされてアメリカでは理解されてしまった。

これからも変わらず欲望は暴走し、それは歯止めがかかることなく広がっていく。