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ROEと株主資本コストとの比較 ROICと加重資本コストとの比較 CCCの改善

自己資本利益率ROEの改善
 財務管理の目標として好まれるものに自己資本利益率(R/E return on equity ROE)の改善がある。なぜなら、自己資本は企業の所有者の保有分であり、自己資本利益率は企業の所有者からみた資本効率あるいは資本収益性を示すと考えられるからだ。
 次に資本コストとの比較は、事業の継続撤退・新規参入などの判断に生かすべきでしょう。

同業種企業の平均値は参考になる
 それは分かるとして、では目標となる具体的数字はどこにあるのか。社会的に平均とされる数値、同じような経営環境にある同業者の数値がまず参考になる。これは時間のずれはある(過去の現在とは異なる環境の数値になる)が探してくることはできる。
 上場会社決算短信集計で東証1部について、会社数が100社以上ある業種について2018年度と2019年度の集計から、業種ごとの自己資本利益率平均を以下に掲げる。明らかに、毎年かなり振れる数字であり、2019年度はほとんどの業種で、ROEが悪化している。また2017-2018年度の平均では、情報通信と電機機器は12%台であるのに、小売とサービスはともに8%未満と、業種によるバラつきはかなり大きい。

               業種ごとの自己資本利益率 東証一部 連結 %
2019      社数    2019    2018        2018   社数 2018     2017     av  
建    設     154   11.25    10.54       建    設    151   10.51    12.54   11.53
食料品   119     7.88     9.59       食料品  121    9.54   11.18   10.36
化 学     207     7.78  10.30      化 学   204   10.33    10.92   10.63 
機 械   222    6.41     10.18      機 械   221     9.49      9.10     9.30
電気機器  239    7.05     13.22      電気機器     239 13.21 11.77   12.49
情報通信  410    7.17     13.33      情報通信  391 12.55    13.04   12.80
卸 売   308    7.95     10.47       卸 売  311    10.47    10.45   10.46
小 売     334     6.84       7.75       小 売    336      7.66       8.10    7.88
不動産   125    8.51       8.90       不動産  121      8.92       9.86    9.39
サービス  430    5.57       7.35       サービス 404      7.30       7.01    7.11       資料:上場会社決算短信集計 最後の行は17-18年の平均で端数四捨五入
                
 こうした集計値は目標値として参考になる。

株主資本コストを算定してROEと比較する
 個々の企業の目標値としては、以上のほかに株主資本コストと呼ばれる数値があります。株主資本コストはCAPM(キャップエムと読みます)captai asset pricing model(資本資産価格モデル 資本資産評価モデル )と呼ばれる計算式で求めます。これは投資家としての株主が、期待している収益率の大きさだとされています。それがなぜ、コストと表現されるのか?と戸惑うと思いますが、その大きさを上回ることが期待されるという意味で、越えるべき数値という意味でコストと呼ばれています(このことを明確に書いた文献はありません。以上は私のこの言葉についての解釈です。)。
=リスクフリーレート+個々のベータ値×株式市場のリスクプレミアム
→ キリンCFOの発言(2016年) 株主資本コストを5%と認識して経営判断に使うことを明言している。 

 この式でリスクフリーレートとはリスクがゼロの金融資産が受け取る収益の大きさ。実際には長期国債の市場利回りが使われます。
 株式市場のリスクプレミアムというのは、株式市場平均が表すリスクの大きさに対するプレミアム、言い換えれば収益のこと。ベータ値とは、この市場平均の値動きに対して個々の銘柄がどのように連動して動くかを示す値です。100%同じ動きをすれば1、100%逆の動きならー1となります。ベータ値はすべての上場銘柄について、計算されています。CAPMでは、個別銘柄のリスクに対応した収益が、表されています。考え方として、それは株主がその銘柄のリスクに対し要求する収益の大きさであると。
 そしてROEはこの株主資本コストと比較して上回ることが、求められています。この二つの値の差額をequity spreadといい、ROEが大きく上回るほど良い、spreadは大きいほど良いと話は進むわけです。

資本コストの算定と進出・撤退判断への応用
 さてこうして株主コストを求めることができると、資本コスト(加重資本コストWACC(ワックと読みます)weighted average capital costを求めることができます。ここで資本は株主資本(あるいは自己資本)だけでなく、株主資本と他人資本(あるいは負債)の合計です。株主資本コストをr   株主資本をE 他人資本コストをi  他人資本をDとすれば、求める加重資本コストは以下の計算式で出せます。
 ={Er/(E+D)}+{Di/(E+D)}
    =(Er+Di)/(E+D)
    この加重資本コストは、企業が新規投資をするときや、既存投資からの撤退を判断するとき検討対象事業についての投下資本収益率ROIC (ロイックと読みます)return on investment capitalが、この資本コストを上回っているかどうかを判断の基準の一つに活用できます。長期間上回ることが認められれば、新規投資は合理的ですし、逆に長期間下回る場合は撤退を決断すべきだといえます。
 つまりこのような資本コストとの比較でROEやROICの数値をみることで、基本的には事業継続、撤退・新出などに応用するべきだと考えます。
 なお以上の株主資本コストや加重資本コストのお話しは、教科書的にはそうだということであって、実際の経営判断にどの程度使われているかについては、疑問があります。(実際に計算で求められる株主資本コストや加重資本コストは、一見「科学的」に見えますが、結局過去データに依拠した数字であり、市場についてのいくつかの仮説に依拠しています。)

ROE改善の方法は財務レバレッジ引き上げにとどまらない
     R:利益 A:資産 E:自己資本 S:売上高 であるとき
ROE=資産利益率(R/A)×財務レバレッジ(A/E)
 =売上高利益率(R/S)×資産回転率(S/A)×財務レバレッジ(A/E)
 この上式をDuPont formulaとかDuPont Analysisと呼ぶことがあります。
 この式からわかるのはROEの改善にはいくつもの選択肢があることです。
 自己資本Eの圧縮
 利益Rの拡大 売上高利益率の増加
 資産回転率の増加 
 財務レバレッジの増加
 これらの中で前期は財務レバレッジを強調した。負債の増加 借入の増加により、規模を拡大するこの方法(それには負債比率上昇というマイナス面が伴うことも前期に議論した)は、よく考えると、経済の成長する場合に見合っている。
 しかし現在の日本のように、経済成長率がほとんどない社会で、規模拡大による経営改善のロジックはむつかしい。

資産回転率の改善、CCCの改善、はなぜ日本に適合しているか
 そこで今重視されるのは、在庫の圧縮に取り組むことでの資産回転率asset turnoverの改善。この方法は、規模拡大せずに、利益率を改善している。私の考えでは、これは日本のような低成長社会で、企業が企業内で効率化を図る努力と対応している。それゆえにこれは、日本のように低成長社会に適合した方法なのではないか?
 資産スリム化の意義 みずほ総研2018/09/18
 この資産スリム化の指標として近年、CCCcash conversion cycleという指標が注目されている。その計算式は
=棚卸資産回転期間+売上債権回転期間―仕入債務回転期間

従来のSCMの議論と、新たなCCCの議論の違い
 これは従来のサプライチェーンマネジメントSCMsupply chain managementの議論。生産・物流・販売の企業間で購買、在庫、生産のなどの情報を互いに共有することで、生産、物流、販売を通じて全体の最適化、在庫の圧縮を図るという従来の議論の延長上にはある 。
 情報の共有によって、消費者が必要とするものを適時に生産(ムダな生産↓) 配送頻度の最適化・物流における積載率向上(ムダな配送↓) 流通情報をもとに適正発注 販売機会ロスの最小化 在庫の削減とキャッシュフローの改善  リードタイムの短縮 ここまではサプライチェーンモデルの議論でこれはたしかにさまざまなムダの排除まで含んだ優れた議論だが、着目が、ロジスティクス(物流)が中心で議論もそこに偏っている。
 しかしCCCはその先に進んで、最終的利益につながるお金の問題を扱っている。生産物流販売といってもカネが必要。そのお金をいかに小さくするか。その指標である CCCとはcash conversion cycle:cash out からcash inまでの日数 その短縮化に取り組むというもの。CCC短縮のためには
 入荷したものがすぐ売れること。
 売掛金が速やかに現金になること。
 そして仕入れ債務期間は逆に長い方がいい。
 CCCでは従来の在庫の節約効率化の論点に加えて、cash outを遅らせる。cash inを早めるなどの新たな問題が加わっている。

短縮ではなくマイナス化が目標
  アップル アマゾン デルなどはCCCはマイナスだとされる。マイナスであればcashが逆に企業に入って来る。日本では短くすることだけが議論されているが、これらの先端企業のようにCCCマイナス化まで進むことが実は課題であり目標なのではないかと考えた。
 アップルのマイナス74日の秘密 圧倒的に長い仕入債務回転期間
 デルの場合 BTOモデルの確立   BTO build to order 注文生産
    アマゾンのCCC管理    アマゾンのCCC 東洋経済2017/05/01
  
 コロナショックは多くの企業の手元キャッシュを蒸発させた。CCCマイナス化は今こそ重要かもしれない(なおこのCCCマイナス化には、たとえば立場の弱い企業に力の強い企業が自分に有利な支払条件を迫るといった負の問題が含まれている可能性がある。その点に注意しつつ、ここでお伝えしたいのはCCCマイナス化を実現するようなビジネスモデルが求められるということです)。


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