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厲以寧 社会主義所有制体系 1987/01

厲以寧改革論集  中國發展出版社2008,  pp.18-33, esp.18-22
本文原載  河北學刊 1987年第1期 (写真は占春園にて。2020年4月29日)
p.18   一     所有制改革は、商品経済の発展要求が引き起こすところの、企業が商品生産者として変更できない地位が引きおこすところのものが、その根底にある。改革後の所有制が一体具体的にどのような形になるかは、生産発展の推進(推動)に有利かどうかから出発するべきである。単一の所有制は、商品経済の発展に不利であり、商品生産者の積極性を発揮させるのに不利であり、また社会主義制度の優越性を十分体現するに不利である。かくして改革後の所有制の体系的設計問題が出現した。
 改革後の所有制はなお全民所有制を含むのかどうか。この問題に対してつぎのように明確に答えることができるだろう。その中に全民所有制は含まれる。ただし改革後の全民所有制は、現段階の全民所有制と同じものではなく、区別される。
 伝統経済モデルの影響下で人々はかつて国家機構が直接経営管理する全民所有制企業が唯一可能な方式、はなはだしくは唯一正しい方式だと考えた。しかし実際には、社会主義経済の建設過程において、この種の経営方式の欠点は十分すぎるほど暴露された。企業は行政機構の付属物となり、企業の人権、財権、物権は完全に国家の手中にあり、国家の企業に対する管理を行き過ぎで死なせるほどであり、企業経営の良し悪しはその経済利益と何の関係もなく、またその経済責任を担うものでもない。これは国家機構が企業を直接経営管理する必然の結果であり、全民所有制により国家機構が企業を直性経営するように異なることを一緒にしたこと(混爲一談)の必然の結果であった。所有制改革において、全民所有制の改革が重点でなければならない。
p.19 知っておくべきことは、全民所有制企業はその本質から言えば、生産手段(資料)が全民所有となり、製造品(産品)が全民所有となるものである。企業の全民性は全体人民の根本利益、全(整体)利益、そして長期(長遠)利益を代表している。全民性が全民所有制の属性であることを承認し、全民所有制企業は全体人民の共同利益のために生産と経営を進めることを意味している。問題は全民所有制企業は生産と経営において自己の全民性をどのように体現できるか?彼らはどのようにして全体人民の共同利益のために経済活動を進めることができるか?ここで指摘されねばならないのは、全民所有制企業は空虚な概念ではなく、経済活動に従事している実体だということである。全民所有制企業の全民性は、現在、企業の指導層が企業の職工と一緒になって経済活動において全体人民利益に責任を負っている。ただしこの種の責任を負うことは必ずしも全民性所有企業は必ず国家の経営管理になるわけではない。このことだけでなく次の点も明確に指摘できる。国家が経営管理する全民所有企業だけが、このような企業の全民性を体現できるのであれば、それなら企業経営管理がよくないことや欠陥がうまれること、その結果は、全体人民の良いところへの責任もあれば、全体人民利益の損害に対しても責任がある。かくして、全民所有制企業に対して改革を進めるとき、強調されるべきことは以下のとおりである。全民所有制企業の全民性は以下のように新たに理解されるべきである、その全民性は経済活動の成果により体現されるのであって、この種の企業の経営管理を国家がすることで体現されるのではない。つまり全民所有制改革は、全民所有制の否定ではないし、このような企業の全民性の改変を求めるものでもない。全民所有制を改革する、これは全民所有制企業の全民性を彼らの実効性のある経済活動を通して十分に体現できるようにすることである。

二  社会主義所有制の体系の中で、さらに含まれる一つの主要な方面は、社会主義商品経済発展の要求に基づき、多様な所有制を設けて、所有制の多元化を実現することである。所有制の多元化とは以下のことである。社会主義社会の中には、公有制のほか非公有制を同様に含む多様な所有制が存在できる(可以存在)。このほか、企業の生産手段(資料)所有権は単一のものでなくてよく、全民、集団(集体)そして個人(個体)であってよく、さまざまな方式が交差浸透して形成される混合性質ものだということ。この種の混合性質の所有制において、全民所有、
p.20   集団所有、個人所有は相互浸透し、あなたの中にわたしがあり、私の中にあなたがある。つまり、一つの企業の内部に、異なる生産手段所有権構成をもつものである。所有制の多元化は、混合性質の所有制の形成を含んでおり、まずはわが国現段階の労働の性質と関係している。企業の中の労働には質と量の差が存在しており、それらはなお個人利益の目を用いて自己の労働および労働成果に向き合う(看待)必要がある。加えて企業の間にはなお労働条件の差異が存在する。これはまた企業の経営成果と経済効率(効益)の違いをもたらしている。一部の企業は一般の企業に比べより多くの労働成果をうみだすことができる。この部分の収入が企業収入に帰することで、企業経営管理の積極的に動くことが利益があるようにすれば、企業経営活動の改善が促される。所有制の多元化と混合性質の所有制の存在は、企業と企業の中で工作する労働者をして自己と生産経営の成果を利益関係上統一させるようにできる。
 わが国の現段階の生産力の水準からみるに、所有制の多元化と混合性質の所有制の存在は、同様にこれと(生産力の水準と)関係している。我々は、一定の生産手段(資料)所有制形式は、社会生産力の発展水準によって取り決められることを知っている。社会主義商品経済において、究極的にどのような形式がとられるかや、一定範囲内にどのような所有制が存在するかは、生産力に適応した発展の規律が生産関係に及ぼす制約を一定受けざるを得ない。現段階のわが国生産力の発展水準は低く、発展もまたとても不均衡であり、このような状況は長期間多様な所有制の並存を決定し、一つの企業内における、異なる所有制相互の浸透と相互結合を決定している。これはいかなる人の主観意思にも拠らないことである。
 まとめるなら、わが国の所有制体系設計においては、わが国はどのような企業所有制とすることが必要かを考える必要がある。これは商品経済を発展させる要求から離れることはできず、現段階の労働の性質や生産力水準の制約から離れることもできない。商品経済を発展させるためには、各企業は必ず商品生産者の資格で生産経営活動を展開せねばならず、企業は自己の生産供給消費活動を自己決定する権利をもち、かつ競争において自身を保全(保存)し、自己を発展させねばならない。これは企業に好き放題をする権利を与える(”放權給企業”)という問題ではなく、企業に権利を返す(”還權給企業”)という問題である。企業が商品生産者として、商品生産者が保有する自主経営権を持つのは当然である。全民所有制企業であっても、国家は生産手段(資料)を企業の使用に供し、かつ企業に自己の経済活動の成果を支配する権利を与えねばならない。(そのうえで)企業の所有制形式は、具体的情況により決定される。

p.21  三    社会主義社会の中に株式制企業を設立(建立)して発展させることは必要であるだけでなく、実行可能でもある。社会主義建設には大量の資金が必要で、資金が分散している現象を改めて資金を集中する、社会資金の潜在力を動員する必要がある。それゆえに企業は株券を発行して、資金を集中させ、拡大生産の資金需要を満足させる。社会主義経済制度の基礎は生産手段(資料)の公有制である。それゆえに株式制企業もこの基礎の上に設立される。(中略)
   もしも全民所有制企業が株式制企業になれば、現在の生産資料所有権からみると三方面の株式保有者(入股者)が存在する。一つは中央政府部門、二つは地方政府部門、三つは全民所有制企業自身である。この三つの株式保有者ずれも全民所有性質である。株式化は企業の全民性を変えていない。もしも全民所有制が社会から資本を集める方向に向かうのであれば、新たな株式保有者は三類に分けられる。おおよそ三種でここでは外資の株式保有は考慮しない。一つは地方政府部門とその全民所有制企業である。二つは集体(集団)企業である。三つは労働者個人である。新株式保有者の成分構成をみると、もし第一類だけなら、企業の全民性に全く変化はない。さらに第二類第三類ということであれば、全民性は保たれたまま集体的成分が増加したことになる。どうであれ株式制企業の生産資料は依然労働者の所有であり、このような企業はなお公有企業である。
 生産資料の使用権から見ると、株式制企業の所有権と使用権は分離されていて、いままさに進んでいる経営管理を考察する必要がある。経営管理は
p.22  企業の管理人員によって行われている。社会主義株式制企業の株主は、労働者いは労働者の利益を代表する単位である。であれば株主代表選挙を経過した企業管理人員は労働者の利益代表である。株式化された全民所有制企業からいえば、もしも第二類第三類の新株式保有者の資金がもともとの株式保有者と第一類株式保有者の資金に比べ少なければ、企業は全民所有制により経営管理される。もしも第二類第三類の新株式保有者の資金が相対的に多くてもそれが分散的であれば、全民所有制は企業の経営管理権を掌握している。これらはいずれも企業の全民性に基本上変化がないことを示している。
(以下略)
(株式制導入時の議論である。全民性を結果がどうであるかで見ようと第1節で問題提起しながら、第三節では誰が株式保有者かで全民性を判断しているように読める。つまり誰が保有しているかと全民性は別個の問題だという問題提起を自ら崩しているように読める。また中央政府、地方政府、全民性企業の全民性を保証するものは何かというのも、私たちからすれば気になる。言論や思想、集会の自由、選挙権などが保証されていなければ、中央政府、地方政府、全民性企業の全民性は保証されないのではないか。福光注記)

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