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中国=資本主義論 矢吹晋『鄧小平』1993/2003

矢吹晋『鄧小平』講談社学術文庫版2003年(底本は講談社現代新書1993年)より、その結論部を見る。まず「中国的特色をもつ資本主義」論。中国は端的に資本主義だと指摘している。この中国=資本主義論は鋭い。
 他方で民主化については矢吹さんは、台湾や香港にならっていずれ民主化するとしたが、この30年に実際に中国がしたことは、台湾の選挙に干渉し、香港の民主主義を破壊したことだった。矢吹さんはこの民主化の議論ではいかに記述するかの判断を間違えたのではないか?矢吹さん自身指摘しているように、執政党の地位を保持するために、共産党は行動を続ける。その結果、民主化は容易に進まないとみるべきではないか?もしそうだとすると、民主化はいずれ来る、と書くことは記述として正しいのだろうか。むしろ大事なことは、執政党側が民主化を遅らせることを続けることを示しつつ、民主化が遅れることの不利益の内容を、具体的かつロジカルに示すことではないか?

1993年版のところ
p.213   中国共産党はいぜん「共産党」の看板を掲げたままだが、その「社会主義」は雇用と賃労働搾取を容認し、証券市場を容認しており、言葉の厳密な意味では、むしろ「限りなく資本主義に近い」ものである。すなわち、鄧小平のいう「中国的特色をもつ社会主義」とは、われわれの常識的表現を用いるならば「中国的特色を持つ資本主義」にほかならない。もし「社会主義」的要素画あるとすれば、残滓として残っているにすぎない。

2003年版に加えられた補論pp.224-244中
p.234   端的にいえば、中国共産党のイデオロギーや政策路線は、共産主義世界を指向するものではなく、むしろそれとは対照的な方向を目指しているとみたほうが妥当である。中国共産党がこれまで掲げてきた看板をただちに引き下ろさないのは、その「主義に忠実なため」ではなく、むしろ「執政党としての地位を放棄したくない」という現実的利益のためなのだ。

2003年版あとがきpp.245-253
p.246  (中国の)政権が目指しているのは・・・目標は市場経済であり、その本質は明らかに資本主義の経済システムである。「社会主義市場経済」なるものは、論理的に成り立たないものであり、市場経済への過渡期としてのみ存在しうる形態にすぎない。
 上海における証券市場の発展や、所得分配政策における「非労働所得」の公認などは、およそ社会主義の本質とは根本的に矛盾する政策である。モノやサービスの商品
p.247   化は人類の歴史とともに古いが、資本の商品化、あるいは資本による資本の生産は、資本主義経済に特有の形態である。証券市場はこの「資本の商品化」をおこなうための仕組みであるから、定義上これを導入した経済を資本主義経済と定義するのがマルクス『資本論』の考え方であった。

 以上の中国は資本主義だという議論は説得力がある。他方で民主化については、いずれは民主化が進むという展望をしめしている。ただ矢吹氏は、いずれ民主化が不可避だと言ったが、30年近く経って現実はそうなっていない。すでに香港の民主化の火を中国は消してしまった。
 矢吹さんの鄧小平に対する評価はレアリストというもの。彼の時代の民主化の遅れは、鄧小平の現実的判断によるものと説明する。そして他方で市場経済の力がいずれは、政治体制を変質、解体するという。
 しかしこの議論には疑問がある。実際には、執政党の側はそうならないように努力するので、政治体制の民主化は遅れるはずである。
 矢吹さんの議論は結果として、中国の民主化の否定した鄧小平の判断についてレアリストの判断であるとして肯定し、いつくるかわからない将来の民主化を待てといっているように聞こえる。つぎのように民主化がいずれ来ると書いたのが1993年。以来30年近い時が経ったが、中国は民主化されていない。中国共産党は執政党の地位を維持するために努力しており、依然その努力は成功しているとみるべきではないか。民主化は、ただ黙っていてくるものではないのではないか。

1993年版のところ
p.222   おそらくは中華経済圏が世界一のGNP規模を誇るほどに発展するためには、その過程で政治的民主化が不可避である。台湾や香港における民主化の波が大陸におよぶこと、すなわち広い意味での民主化の成熟無くして、明日の経済発展はありえない。開発独裁や権威主義的政治体制は、経済的離陸から安定的航続への過渡期においてのみ必要なシステムであり、市場経済の力が早かれ遅かれこの政治体制を確実に変質、解体させることは疑いない。

経済経営用語辞典(中国的特色を持つ資本主義)


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