見出し画像

陳再見「有些事情必須説清楚」『解放軍文芸』2016年第8期

   筆者の陳再見は1982年広東陸豊生まれ。現在深圳に居住。『2016中国年度短篇小説』漓江出版社2017年1月pp.156-165より(原載『解放軍文芸』2016年第8期)。この小説はわかりやすい。場所は、南部の田舎の小学校。主人公は従軍経験のある老教師。背景にあるのは、教育において教師が生徒に暴力を使うこと(体罰)の禁止、そして子供が一人の老夫婦にとっての子供の大切さの問題などだろうか。登場する20世紀70年代の南部国境(辺境)作戦は、ベトナムとの戦争を指すのだろうか?あらすじは以下の通り(見出し写真は小石川後楽園)。

    場面は主人公の老湯(タンさん)が被害者の親である漢金の家に話をするため行きたいのだが、なかなか気持ちが整理できず、外出して寄り道して、で「何かもってゆくべきかな?」と奥さんに話しかけるところから始まる。「じゃ玉子でも持ってゆけば」と奥さん。奥さんは先生が生徒をぶったって、悪意あってではないのだから、大(おお)ごとにする必要はないとの意見。しかし老湯がしたことは、「锄禾日当午」の下の句が暗唱できなかったので(この句は憫農詩という詩の前段。「汗滴禾下土」が答。この詩の意味は、鋤で農地を耕すうちに時はすでに昼になり、汗は農地の土に滴り落ちる。この詩は「粒粒辛苦」の語源として知られる。)、思い切り殴ったというもの(被害者の秋水の前歯が2本折れ、口の中が血であふれるほど。)
   なぜそこまで老湯の気持ちが高ぶったのか。校長は大雨を口実に、問題を処理するため午後から休校にした。
    校長は30歳余りで若い。まだ20歳前の時に、20世紀70年代の南部国境(辺境)作戦に参加したことが自慢の老湯をとても説諭できたものではない。しかし「事情があれば、はっきり話すべきだ(有些事情必須説清楚)」これが老湯の口癖だった。

   老湯は街燈の下を歩きながら、持ってゆく玉子の数8個を確認しながら、漢金とどう話すか考える。街燈は、この村を出て成功して戻った人が大金を出して整備したもの。そもそも村の人は子供から大人まで顔なじみ。校長はよそ者だ。なのに日中、学校に来た漢金は、「校長の前で事情をはっきり説明してください」と興奮していた。老湯は何を言っても無駄だと感じ、「私が話しますから、先生は何も話さず」という若造に任せて席を離れた。雨の中傘もささず、外に出てたばこを吸った。小雨になった時に携帯がなり、事務室にゆくとすでに漢金の姿はなかった。校長はー問題は解決しました。医療費を学校が払い、そのお金は、老湯のボーナスから控除。先生方には学生に手を出さないように一律に話ます。と。

    既に夜は遅く、人影はなかった。漢金の家の前で老湯は躊躇した。もうすでに寝ているかもしれない。ただ話声が聞こえた。老湯は、家にはいった。

   3年前、老湯の息子が亡くなった。その時17歳だった。老湯は軍人だったし晩婚で、計画生育(一人っ子政策)の時代だった。息子は高校の試験に合格し、容貌も優れていた。それが戦争ではなく水に溺れて亡くなった。救いは人を助けてなくなったことだ。ただ息子が亡くなれば、夫婦は老後の問題に直面する。誰が死後を弔ってくれるのか。誰が養ってくれるのか。夫婦はこのことを何度も毎夜話し合ってきた。街に買いものに出た時、老湯の目は今泣いたかのように真っ赤だった。
   老湯は朝起きて顔を洗うと、庭を一周して煙草を吸った。喫煙は戦争に行って以来の習慣だった。命令で動く時、気持ちを落ち着かせるため煙草を吸った戦友がいた。「急がないで、まずは煙草を」。その時は分からなかったが、いまはその悲壮な気持ちがわかる。
   3年前、老湯の息子が死んだとき、漢金は老湯の家の前でやはり立ち止まっただろうか。実は二人はあの戦争で生死をともにした戦友だった。
    漢金の家の前で木の穴を見ていて、狭い穴に進まない、上を目指さない学生を批判してきたことを老湯は思い出した。息子は死ななければ今年大学入試試験に進んだであろう。事情がわかれば漢金は玉子を受け取らないだろうと、老湯は玉子を木の穴に隠した。

   漢金はその一生は恵まれなかったが子供に恵まれた。3人の息子と二人の娘。そしてその長男が秋水だった。秋水5歳の3年前に彼を救ったのが老湯の息子だった。

   漢金と老湯は二人で煙草を吸ったりお茶を飲んだりした。ようやく老湯は口を開き、秋水のことではなく自分の息子のことを話し「自分は全部忘れた。」といった。しばらくたって、漢金はぽつりと言った。
「老湯、誰もあのようなこと(老湯の息子の死)は望んでなかったんだ。貴方の気持ちや怒りはわかる。でも子供に報復はだめだ。彼は何も分からない、こんなに小さいんだ。」

    老湯が門口に立って振り返ると、漢金の家族がみな勢ぞろいして見送っていた。寝ていたものも皆起き出してくれたのだ。老湯は突然胸が熱くなった。

    老湯は一度、町角まで行ったところで、木の穴の卵を思い出し、そそくさと戻り、8個の卵を黙って漢金の家の前に置いた。


main page: https://note.mu/hiroshifukumitsu  マガジン数は20。「マガジン」に入り「もっと見る」をクリック。mail : fukumitu アットマークseijo.ac.jp