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鄢一龍 他共著「大道之行」2015

 正式のタイトルは「大道之行 中国共産党與中国社会主義」中国人民大学出版社、2015年。
 私は中国に行くと書店に寄って、あまり人がいない共産党系の本がならべてある一角を物色する。この本もそうして購入した本の一つ。若い共産党員の人たちが共産党や共産党員のありかたについて書いたものだが、決して、党組織のお墨付きを得たというものではないように思える。内容は、共産党はこのように変わらなければならない、このように政治はあるべきだという熱い主張である。ただこうした党内若手から提言が行われて出版され、それが書店でも手に入ることは、中国社会の現状として記憶されてよいのではないか。
 筆頭著者の鄢一龍(ヤン・イーロン)は、1976年生まれ清華大学公共管理学院助理教授で執筆者はほかに4人。最初に香港中文大学教授の王紹光の序文があり、著者たちを次のように紹介している。全員が平民の子弟、中国の二三級都市あるいは田舎で成長し、優秀な成績で中国の一番良い大学で教育を受け、海外の有名大学の留学経験がある。また、1975年以降の生まれであり、その後の中国の経済発展の成果(1981年から2004年までで中国の貧困人口を5億人あまり減らしたこと)、欠陥(豊かになった反面、不平等、医療保障、生態環境など多くの問題が生じたこと)のいずれをも目撃している。中国は資本主義にむかうべきとの意見も党内外にあるなか、しかし彼らは、依然として中国共産党を理想精神で満たそうとしていると評価している。

 最初に鄢一龍の緒言がある。その最初のところで、西欧の政治体制に比べて、中国の体制は長期的、全体的利益を図るうえで、むしろ優れているという主張が述べられている。選挙で政権が変われば、膨大な埋没費用が生じていると。「一党独裁」というのは、誤った偽命題だといって、まず党には18歳以上の各階層の先進分子がだれでも申請して加わることができ、党の指導者の多くは平民から出発して経験選抜を経て現在の地位に到達したと続けている。他方で官僚化によって腐敗特権集団となることが問題だとしている。ではどうするか。最後のところで、選挙や監督など民主化を進めることが歌われており、これらが対策だと思えるがストレートに民主化を言わず、官僚化や腐敗のところから切り離して別の問題として議論しているようにも見える。
 そのあとの議論では巻二で章永東(チャン・ヨントン)が政治を議論している部分がおもしろかった。章永東は1981年生まれで北京大学法学院の副教授である。巻二の中間のところで、中国の集団指導体制について、胡鞍鋼(フー・アンガン)の『中国集団指導体制(中国集体領導体制)』中国人民大学出版社2013年を取り上げ、集団指導体制が、政策の継続性を可能にし、指導者の交代を円滑に行うことを可能にしていると説明している。実は胡鞍鋼の似たタイトルの本は私も入手していて、中国の政治体制を自賛する内容に、少し驚いたのだが、ただ確かに章永東が引用したように、胡鞍鋼は現在の中国の政治体制を肯定する理屈付けを試みている。私の手元にあるのは2017年に刊行された以下だが、その趣旨は2013年に中国人民大学出版社で刊行された上掲書と似ており、中国の集団指導体制を肯定賛美するものとなっている。胡鞍鋼 楊竺松『創新中国集体領導体制』中信出版集団2017年。
 しかし章永東は批判も述べている。一つは党の幹部の家族が、ビジネスを行って、政治的な権力と家族のビジネスが癒着した状態にある「一家両制」。これを明確に禁止あるいは制限することを主張していることだ。この点をかなり詳細に論じているが、確かに中国を外側から見て納得できない点は、かなり多くの共産党幹部の子弟や親類縁者が、ビジネスに乗り出し、高給を食んでいることだろう。
 もう一つは選挙の問題である。まず問題にしているのは、多くの大衆の政治への無関心(政治効能感比較低)である(党政幹部への信頼も低いとしている)である。西欧型政治の良い点は、投票を通じて自己の選択を示せること、当選した人も民衆から授権されたと感じ取れること。しかし選挙には社会の矛盾を拡大したり、政治献金や収賄などの問題を生むこともあるとして、中国では競争性選挙の導入には限界があることを述べている(また下級で選挙が実施されるようになると、下級政府の役人は集票を気にして上級政府の政策に従わなくなると指摘している)。ここでは冒頭の政治への無関心の指摘に注目したい。
 そして巻三は、かなり深刻な報告である。欧樹軍(オウ・シューチュン)という1977年生まれ、中国人民大学国際関係学院副教授の執筆である。まず中国の農村から数億人が就業のため都市に移ったが、なお2億の貧困線以下の人口があり、7400万あまりの生活保護人口があり、8500万あまりの障害者がおり、毎年1000万あまり就業人口は増加していると中国にはまだ問題は多い。そうした中で政治の一番下層をなす基層が深刻な事態にあるという。基層幹部は有力者(大戸)の利害をはかり、大衆から遊離している。基層の自治は自治組織が決定するが、それを支える選挙では、収賄、票の買収がもっぱらだと打ち明けている。
    ⇒ 基層の選挙が収賄まみれであることについては、柴靜の『看見』にも指摘があった。
 なお本書のタイトル「大道之行」。大道は礼記が典拠であるが以下を参照されたい。⇒ 小康 
#集団指導体制   #一家両制   #政治への無関心 #一党独裁

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