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胡耀邦 (1915-1989)

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「胡耀邦文選」人民出版社, 2015 ほか
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2019年7月の記事一覧

胡耀邦 1932年末AB団関与を疑われる/その後、少年共産党中央局幹部に就任

 胡耀邦の人生の中で最大の試練は1932年末、AB団への関与を疑われたことで、突然訪れる。彼はこの時まだ17歳だった。中国共産党では、反党の疑いがあるだけで殺してしまうという無茶苦茶なことが繰り返されたが、AB団(反ボリシェビキ)はそうした事案の一つだ。肅反(スーファン)と呼ばれる、反党分子の摘発運動である。ここではこの、胡耀邦人生最大の危機について、以下の資料により述べる(写真は根津神社庚申塔 2020年7月26日)。  胡耀邦傳 人民出版社/中共黨史出版社 2005年

胡耀邦 出生から毛沢東を遠望するまで 1915-1927

 胡耀邦の経歴でまず記憶されるのは、まだほとんど子供のときに中共の軍に従軍したことと、ところが従軍して間もなくAB団と疑われてあやうく粛清されそうになったことである。であるがここでは胡耀邦が毛沢東を文家市で初めて遠くに見た1927年までを書く。毛沢東が1927年、長沙に軍を進めないで文家市から南下したのは有名な話だ。軍事力の大きな差があることから賢明な判断ともいえるし、このときの幹部の指示とは違った判断をしたことは規律に反しているようにも見える。いずれにせよ、その決定的な現

胡耀邦 小学校卒業から児童局書記就任まで 1929-1931

  胡耀邦が1930年11月、若年にして共産党の活動に合流してから(胡耀邦の居た地域がかなり特殊で共産党が実質的に支配していた地域であり、従軍というよりは見方によれば行政的な仕事をしていたともいえよう)、AB団関与の疑いを受ける1932年末までについて述べる(写真は根津神社庚申塔 像の右側に寛文八年1668年の文字が読み取れる。2020年7月26日)。 胡耀邦傳 人民出版社/中共黨史出版社,2005年, 15-27 陳利明《胡耀邦從紅小鬼到縂書記 修訂版》人