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杜潤生(1913-2015)、于光遠(1915-2013)

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党内民主派と言える二人。中国の土地改革の指導者であった杜潤生(1913-2015)。清華大学で物理学に進学後、革命活動に転じた于光遠(1915-2013)。中共中宣部。国務院政治… もっと読む
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2019年4月の記事一覧

于光遠(1915-2013)評伝

于光遠評傳 福光 寬  于光遠(ユー・グアンユアン)はどういう人か。簡単な略歴は、まず1915年上海生まれである(写真は成城大学3号館から成城池に続く道)。中国の名門大学清華大学で物理学を学んだが、その後、革命活動に身を投じた。新中国建国後、中共中宣部に幹部として長く在職。しかし文革中迫害を受けた。その後、復帰して国務院政治研究室。1977年国家計画委員会経済研究所所長。中国社会科学院副院長。1982-87年社会科学院顧問。2013年に亡くなり、2015年に著作集が刊行されて

衛興華《社會主義經濟學》2004

陳東琪主編《1900-2000中國經濟學史綱》中國青年出版社, 2004より第1章社会主義経済学pp.1-22 を抄訳。この章の分担執筆者は中国人民大学の衛興華(1925-2019)である。(写真は成城大学1号館中庭 2019年6月21日) p.1 第一節 社会主義経済学の萌芽時期    一、社会主義経済学の最初の探索  20世紀に入るところで、マルクス主義が中国に伝播し世界で最初の社会主義国家ソ連が建設され、社会主義生産関係を研究対象とする社会主義経済学が生み出され