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毛沢東(1893-1976)

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写真は徐州から南京に向かう毛沢東 1957年3月19日
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2019年3月の記事一覧

毛沢東的故事 (1) 1893-1910

黃暉 毛澤東遺物的故事 湖南人民出版社 2011より。まず驚かされるのは毛沢東のスロースタートである。西欧の事物に初めて触れたのがかなり遅かったこと。若いときに学校におらずに自学自習を続けたことも注目される。今回は1910年17歳までのところを訳出する。 ( 1893年12月26日 23歳の青年毛順生の第三子毛沢東が生まれた。湖南湘潭xiang1tan2韶山shao2shan1冲上chongshang屋場的23歲的毛順生。毛順生は算盤が得意であった。両手でそれぞれ算盤をはじ

毛澤東的故事 (2) 1911-1921

黃暉 毛澤東遺物的故事 湖南人民出版社 2011より  毛沢東について1911年(18歳)-1921年(28歳)までをみる。基本としては長沙にいた時期である。この間、1917年にロシア革命が起きたときに、それに強い関心をもったことは確かであるが、マルクス主義の文献に触れるのは1920年と意外に遅い。確かにそこからは一直線であるが。それと意外であるのは(ほかの中国共産党の指導者についても実はいえることだが)、簡単な入門書を数冊読んだだけで革命運動に進んでいることだ。もちろんそこ