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私の東京案内

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https://blog.goo.ne.jp/fu12345/e/d9a67ddc8dd6cee344b91ed806f465fa  路線別「あいうえお」順配列。
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#天然記念物

赤坂氷川神社の大イチョウ

 説明板によると樹齢は約450年。幹回り7.5m。享保15年1720年に氷川神社の社殿が、改めてここに建築される前から存在した樹で、二次大戦の空襲による焼損の跡を確認できる。港区天然記念物。  この説明から、昭和20年1945年の空襲の火の手は、この神社にも及んだこと。創建時の社殿が現在残っているのは、境内の緑によって守られたからだということが分かる。またこのイチョウは、社殿建設前にこの地にあった三次浅野家の屋敷の庭にあったものとも考えられる。  なお境内にはもう1本大イチョ

与野の大カヤ

 このカヤ(榧)は後一条天皇(在位1016-1036)の長元年間(1028-1037)に植えられたものとされる。その後、鎌倉時代にカヤの木のそばに禅宗建長寺派の寺が建てられ、カヤの木も神木として大事にされ金比羅天も祀られていた。応永15年1408年の春、時の寺僧周如禅師が法華経を信ずるようになっていたところ、鈴谷郷の金毘羅天による、明日、高僧がくるからその教えに従うようにとのお告げがあった。時を同じくして下総中山の日英上人に鈴谷郷の金毘羅天による、鈴谷で布教するようにとのお告

芝増上寺のカヤ

 樹木は、それを見る目的で出かけない限り、観光目的で出かけてもなかなか記録することはない。この増上寺のカヤ(榧)も、増上寺南端の目立たない位置にあり、今回、普段見落としていることを意識してわざわざ見に行った。目通りの直径1.3m、周囲4m、樹高25mだが、大木感はない。しかし樹齢は600年。この地に増上寺が開かれた慶長3年1598年には、すでに自生していた樹木になる。港区の指定文化財(天然記念物)である。  カヤ(榧)は成長の遅い樹木として知られる。それだけにこの太さで樹齢6

芝東照宮のイチョウ

 都内の東照宮として、上野とともに芝の東照宮が知られる。そこに「芝東照宮のイチョウ」として知られる木がある。ただこのエリアは樹が多く、大木も多い。見出しは東側から見た遠景。大木ではあるが、緑陰の多い芝界隈で目立っていると言えるかどうか。ただこのイチョウは、寛永18年1641年に徳川家光が植えたとの伝承があり、樹齢がはっきり分かる点で貴重である。根本が8.3m、目通りが6.5m、高さ21.5mとされ(1993年の計測)、伝承から計算できる樹齢は400年弱である。東京都の指定天然

光福寺の大イチョウ

 光福寺は品川区大井にある浄土真宗の寺院。そこに麻布善福寺の大イチョウとならぶ大イチョウがあることは知っていたが、今回初めて訪問できた。  幹周7.2m、高さ40mの堂々たる巨木である。品川区の指定天然記念物だが、推定樹齢800年は、国の天然記念物である麻布善福寺の大イチョウに並ぶもの。東西方向から見ると円錐形の綺麗な形をしている。南北方向からみると主幹は2本の大きな枝に分かれていることがわかる。  光福寺には、親鸞(1173-1263)の高弟である了海上人(1239-131

王子神社のイチョウ

 JR王子駅北口から音無親水公園に向かいそこを進むと、ほどなく右手に上がる坂道が現れる。右手上を仰ぎ見ると、それらしいイチョウが見える。これが王子神社のイチョウである。幹回り5.2m、高さ24.2mとされる。樹齢700年余りと推定されている。都の指定天然記念物。  説明板によると、元亨年間(1321-24)に豊島氏が王子神社をここに熊野より勧請した(勧請したものは熊野権現である、言い換えると熊野三山の神々、とくには若一王子:にゃくいちおうじ、天照大神のこととされる)ころからの

延命院のシイ

 延命院は日暮里にある日蓮宗の寺院。ここにあるシイノキは東京都の天然記念物として知られる。幹周5.4m、樹高15m、樹齢600年とされる。延命院は、日暮里から谷中銀座方面に歩いて、本行寺、経王寺を過ぎてすぐである。求めるシイノキも、延命院の入り口近くにある。なお繁茂している姿から意外なのは根本部分である。大きな空洞ができている。  アクセス JR日暮里より徒歩すぐ。  延命院のシイ 2001頃撮影 「東京の樹」より 延命院のシイ 2010/07撮影 「巨樹と花のページ」

旧細川邸のシイ

 スダジイである。これはいわゆるシイノキ(椎の木)の一種。よくある樹木であるが、シイノキは木材としては利用しにくい樹種とのこと。素人目にも形が直線的とはいえないので柱材に使いにくいようには思える。  またここで旧細川邸とは肥後熊本藩細川家下屋敷のこと。説明板では幹回り8.13m、樹高10.8m。高さがそれほどでもないこともあり、巨樹として突出した印象がない。なぜこうなっているのか。ややわかりにくいが、主となるべき幹上部が切断されて、大木としての趣を失った木のようだ。上部を失わ

葛飾八幡宮の千本公孫樹

 樹齢1200年と伝えられるイチョウ(公孫樹)の古木である。なんといっても多くの幹が合わさったような根本の部分に特徴がある。落雷により落ちた枝が成長したことによるものというが、境内には同様に根本に多数の幹をもつイチョウがあり、この特徴には別の説明が必要かもしれない。根回り10.2m、目通り(人間の目の高さ)10.8m、樹高20m。昭和6年1931年に国の天然記念物の指定をうけている。幸い境内が広いので、このイチョウは様々な角度でとえることができる。 葛飾八幡宮は寛平年

善光寺坂のムクノキ

 文京区の善光寺坂にある、幹回り5m、樹高13m、推定年齢約400年の古木である。昭和20年1945年5月25日の空襲で樹木頭部を焼く前は、樹高23mを誇った。戦災で頭部を失ったほか、現在は、幹に空洞なども目立つが、樹勢が盛んであることは喜ばしい。なおかつてここは傳通院の境内であった。現在このムクノキ(椋木)は澤蔵司(たくぞうす)稲荷の御神木となり、小石川の町を見守っている。文京区の指定天然記念物である。  アクセス 地下鉄春日より傳通院を目指して徒歩5分ほどで善光寺坂。坂の

善養寺の影向(ようごう)の松

 善養寺は、江戸川区東小岩にある真言宗豊山派の寺院。そこに「影向の松」と呼ばれる天然記念物がある。これは幹回り4.85m、高さ7m、樹齢600年以上とされる松だが、枝が四方に広がって繁茂する面積が、日本で最大だとして有名である。東西28M、南北31M、繁茂面積800㎡となるのは日本一だということで平成23年2011年に国の天然記念物に指定された。新日本名木百選にも選ばれている。  寺伝によれば善養寺は大永7年1527年に始まる。しかし永正六年1509年に書かれた書物の中に名前

馬場大門のケヤキ並木

 源頼義(988-1075)、源義家(1039-1106)親子が奥州征伐(1051-1062)の途次、大国魂神社に戦勝祈願に訪れ、凱旋時、康平5年1062年にケヤキ(欅)の苗木1000本を奉納したのが発端とされている。現在残されているケヤキはもっとも古いものでも、樹齢は600年程度と推定されている。そうではあるけれども、1000年余りの歴史を受け継ぐ並木であることは間違いがない。国指定天然記念物である。  アクセス 京王線府中駅下車すぐ。

善福寺の大イチョウ

 元麻布にある善福寺の大イチョウである。善福寺は米国の初代公使タウンゼント・ハリス(1804-1878)が安政6年1859年に公使館を置いた場所として知られる。境内には、その記念碑が置かれている。今一つ知られるのは福澤諭吉(1835-1901)の墓所である点だが、福澤の墓は元は上大崎の常光寺にあったものを昭和52年1977年にこちらに移したとされる(墓を移すに際し掘り起こしたところ、福澤がほぼそのままの姿であらわれたという。鵜飼秀徳「福澤諭吉は地下4mの地底で着物を着て寝てい