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色とりどりのメシの種【最終話】 #創作大賞2024

月曜日を憂鬱に思わない人なんていない。
そう思って生きてきたけど、目の前にいる男は月曜日が好きらしい。道理で話が合わないと思った。

「さて、サトシ君、いよいよだよ」

「何がですか?」

「最終決戦だ」

「は?」

月曜日の朝早くからやってきたと思ったら、マツダはよく分からないことを言い出した。

「マツダさん、ごめんなさい。何を言ってるか分かりません」

「そうだろうとも!僕もそうだった。あの日、君のお父さんは僕を連れて行ってくれなかったんだ。下見には連れて行ってくれたのに。そして、それっきり帰って来ないんだよ。全く訳が分からない」

「そうですね。俺もそう思います」
仕方なく相槌を打つ。

「そうなんだよ。でもね、手紙を残して行ってくれたんだ。サトシが一人前になったら五つの種を食べさせてくれって。ただ食べさせるんじゃなくて、ちゃんと対戦相手を用意するように言われてね。探すの大変だったんだよ」

「あーだからですかね」

「何が?」

「どの種を食べればいいか、ピーンとくる、とか言ってたけど、ちょうどいい相手を用意してたから分かったってことですよね?」

「五十点。半分だよ、それじゃ。僕はね、便利屋としてちゃんと人助けもしたかった。誰かを困らせていて、かつ、君の腕試しになるような相手を探したんだよ。すごいだろ?」

「ええ、まあ」
もうだいぶ面倒くさい。

「それでね、もう腕試しは完了したんだよ。おめでとう、サトシ君。最終決戦に進もう」

「だから、その最終決戦って何なんですか?」
マジで何を言っているのか分からない。

「人類の敵と戦うんだ。『超能力の神様』っていうふざけた名前の悪魔がいるんだよ、この世には。そいつに勝てるのはサトシ君、君しかいないんだ」

「急にそんなこと言われても『よし、やってやる!』ってならないですよ。俺はマツダさんから仕事もらってただけですから」

「仕事のようで仕事ではなかったということさ」
マツダは急に真面目な表情になって語り始めた。

「『超能力の神様』はね、ユイちゃんに呪いのようなものをかけているらしいんだ。どんな呪いか、僕にも分からない。君のお父さんが教えてくれなかったからね。君がこの最終決戦に勝てば、ユイちゃんの呪いも解けると思っている」

ユイに呪い?一体どんな?

「ユイに呪いって解けなかったらどうなるんですか?」

「だから、知らないってば!君のお父さんがいない今となっては、『超能力の神様』を倒すしかないんだよ。お願いして呪いを解いてくれるような相手ではないらしいし。
僕はね、君のお父さんと一緒に全国を回って、ヤツの情報を集めたんだ。君が戦ってきた相手と同じように、ヤツから超能力を与えられた人もいた。暇つぶしに超能力をばら撒いているらしい。全くふざけた話だよ。僕は超能力のばら撒きもやめさせたいんだよね。
それで、何だっけ?そう、ヤツを倒すための情報なんだけど、過度に接触を嫌うようなんだ。握手させてもらおうと近づいただけでも大激怒したらしい。これはなんかありそうじゃない?なんとか隙を見てヤツに接触できれば勝ち目はあると思う」

本当に勝ち目があるのか大いに疑問だったが、ユイの呪いを解くためにはやるしかない。

「マツダさん、勝てるか分からないけど、俺やってみます。ユイの呪いを解きたいです」

「そうか!やってくれるか!君にはお父さんの種がある。きっと勝てる。勝とう!」

「はい!」

「危険を伴うけど、呪いを解くためにはユイちゃんも一緒の方がいいと思うんだ。サトシ君からうまいこと話してもらえないかな?僕が話してもたぶん信じてもらえないからさ」

まあ、そうかもしれない。

「分かりました。今日話します」

「ありがとう。じゃ最終決戦は明日にしよう。出来るだけ早い方がいいから」

「分かりました」



その日の夕食後、ユイに声をかけた。

「あのさ、マツダさんの仕事さ、次で終わりみたいなんだ」

「本当?良かった。私、あの人のこと、あんまり好きじゃないのよね。兄ちゃんに危険なことをさせようとするところがとにかく嫌」

「そうか。でも仕事をくれるのは有り難いと俺は思っているよ。おかげで生活できているし」

「それはそうなんだけど。感謝もしているけど、なんか嫌なんだもん」

「そうか。じゃ仕方ないな。
でさ、次で最後だからユイにも一緒に来て欲しいんだ。危ない目に遭いそうになったら、兄ちゃんが絶対守るから」

「え!行っていいの?私、ずっと一緒に行きたかったの!行く行く!!」

マジか。断って欲しかったんだけど。

「分かった。ありがとう。仕事は明日だからさ、今日はもう早く寝ような」

「わかったー」

明日、最後の仕事が終わったら別の仕事を探さないといけないな。
ユイの呪いを早く解きたい気持ちとは裏腹に、そんなことを考えながら俺は眠りについた。



翌朝の早朝、マツダがやってきた。

「おはよう!サトシ君。いよいよだね!最終決戦、よろしく頼むよ!!
ユイちゃんもおはよう。今日は一緒に行けそうかな?」

「うん」
ユイは機嫌悪く答えた後、俺に小声で言った。
「来るの早過ぎない?嫌い」

「マツダさん、おはようございます!まだ準備できてないので少し待ってもらえますか?」
俺はユイの文句をかき消すように大きな声で言った。

「おお、サトシ君、元気そうだね、今日も。もちろんだよ。ゆっくり準備してくれ。今日は最終決戦だからね」

「別に準備することは変わらないけど」と思いながらも口にはしなかった。ユイと朝食を摂り、身支度を整えた。

「マツダさん、行きましょう」

「うん、行こう」

俺達は最終決戦の地に向かって歩き始めた。
その地は、とある神社の裏の森にあるらしい。
なかなかの距離でユイは少し辛そうだった。

「ユイ、大丈夫か?」

「疲れた。けど、まだ大丈夫」

先頭を歩くマツダが後ろを振り向いて、声をかけてきた。

「あと少しだからさ。立て看板があるんだけどね。これが見えたら着いたも同然だ」

十分ほど歩くと確かに立て看板があった。

「能力を欲する者、右へ進め」

なんだこれは。
最終決戦が終わったら引っこ抜いてやろうと思う。

素直に右へ進んで行くと白いプレハブ小屋があった。スライド式のドアにマジックで「超能力の神の部屋」と殴り書きしてあった。
馬鹿っぽい。勝てるかもしれない。

「さあ、じゃ行くよ」
マツダはそう言ってプレハブのドアをドンドンと叩いた。

「すみません、『超能力の神様』はご在宅でしょうか?」

「いるよ」
すぐにやや低い、中年の女性のような声が返ってきた。

「私、超能力を研究しているマツダと申します。少しお話を伺えないでしょうか?」

「暇だし、まあいいよ」

「ありがとうございます」

マツダがプレハブ小屋のスライドドアを開けると、大きな茶色のソファベッドに、アマゾネスみたいな格好をした大きな女が寝そべっていた。

ユイには見せたくないと思ったが、マツダはあまり気にしていないようだった。

「この子のことを覚えていますか?」
マツダはユイを指差して言った。

「誰だっけ?」

「覚えてないですよね。十数年前にあなたが赤ん坊にした子です。もうそろそろ気が済んだでしょう?元に戻していただけませんか?」

赤ん坊?何を言ってるんだ?
マツダは呪いの内容を知っているのか。

アマゾネスみたいな大きな女は面倒くさそうに言った。

「ああ、思い出した。覚えているよ。でも、まだこれからがどうなるか面白そうじゃないか」

俺はもう黙っていられなかった。

「ふざけるな。人に呪いをかけて面白がってるんじゃないぞ。このクソアマゾネス!」

アマゾネスが俺の方を見た。
「私に言っているのかい、お坊ちゃん。
おーそうかい。お前は私が超能力を分けてやった子じゃないか。生意気になったねぇ」

「ユイを元に戻さないなら、俺がお前を倒す!」

「面白い。やってみな」

俺はマツダの方を見た。

「マツダさん、やっちゃっていいですよね?種をください」

「もちろん!ただ、種はもうないんだ」

「え!!じゃどうやって戦えば……」

「大丈夫。使いたい能力の色を念じればいい」

「わ、分かりました。やってみます」

俺は赤色を念じた。
すると全身が炎に覆われた。アマゾネスに火の玉を投げつける!

「馬鹿だねぇ。私があげた能力だよ?私に敵うわけがないじゃないか」

アマゾネスは俺の火の玉を打ち消した。
なるほど。超能力で競っても勝ち目はなさそうだ。
でも、どうすれば……ああ、接触を嫌がるんだったっけ。
俺は水になってアマゾネスに近づいた。

「あまり近くに寄るんじゃないよ、気色の悪い」

アマゾネスは大きな水の塊をぶつけて俺を遠ざけた。

「そんなに嫌わなくてもいいじゃないか。俺はあなたのことをもっと知りたい。手を握ってもいいかな?」

「だから気色の悪いことを言うんじゃないよ」
アマゾネスは水でムチを作って俺を打った。めちゃくちゃ痛い。だが、痛みに耐えて水のムチと同化した。しなるムチがアマゾネスのところに戻り、俺はアマゾネスの目の前に立った。

「どうもこんにちは。失礼します」
俺はそう言ってアマゾネスをハグした。

「なんのマネだい?離れろ」

「いや、もう少しこのままで」

アマゾネスをハグしていると、アマゾネスの思考がどっと流れ込んできた。スキンシップが失われた世界の生物のようだ。仲間を全て失い、ひどく寂しがっている。どうしようもない孤独。それを埋められず、ずっとここに留まっているのだった。

「超能力の神様、俺、あなたの気持ち、少し分かります。俺にはユイがいるけど、他には何もないから。孤独だから。こんな超能力を使えるようになっちゃって、この先どうやって生きていけばいいんだろうって思います。でも、あなたがいる。あなたは俺の超能力のお母さんです。これからは俺があなたと一緒にいる。だから、ユイの呪いを解いてもらえませんか?」

超能力の神様は泣いていた。
「本当にいいのかい?」

「はい」
俺は迷うことなく答えた。

超能力の神様はうなづいて、右手をユイの方に向けてフラフラと揺らした。
すると、ユイは大人の女性に変わった。

「結衣?!」
俺は気が動転する。
大人になった結衣は目を覚ましてこう言った。

「聡、お母さんの名前を呼び捨てにしちゃ駄目よ」

なんだなんだ、どういうことだ。
マツダの方を見るとずっと下を向いている。

「マツダさん、ちょっと、ねえ。どういうことですか?なんとか言ってくださいよ。
俺、結衣の呪い、解きましたよ。でも、結衣がお母さんになっちゃって。俺、お母さんの顔、覚えてないけど、結衣は俺の妹じゃなくてお母さんなんですか?ねえ!」

聡に何を言われても、聡一郎は下を向いて何も答えなかった。名前も捨てて孤独に戦い続けた男は今、家族を取り戻した喜びに打ち震えていた。

(完)


#シロクマ文芸部
#月曜日

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