対話

こうして、現世の法秩序とそれを是正し根拠づける「本来あるべき正義」との間の絶え間のないディアロゴス、すなわち、対話としての「哲学すること」を、「説得」という言葉で求められている。だが「本来あるべき正義」がわれわれに見えているわけではない。だから、それを求めながらも、われわれは現世の法秩序を遵守しなければならない、とソクラテスは言うのである。しかし、現実のソクラテス裁判はもっと次元の低いところで行われた。ソクラテスの蒙った不正は、法によって加えられたものではなく、人間によって加えられたものであった、ソクラテスはその加害の不当であることを全力を振るって説得しようとしたが、法廷における一対一の対話の不可能性、時間の短さ、群集心理などにより、成功しなかったのである。しかし、それはソクラテスにとってはどうでもよいことだった。ソクラテスの正義は、神への奉仕としての反駁的対話活動への従事において、もっとも真実の意味で、成就していたからである。

岩田靖夫「ソクラテス」

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