「わが社」の儲けを大きくすることが優先される
●「わが社」の儲けを大きくすることが優先される
石川康宏 もう一つ、別の角度からマルクスが資本主義経済の重要な特徴としたのは、経済活動の原動力がここの資本家による利潤追求になっているということです。経済活動の目的が、社会を豊かにすることではなく、「わが社」を豊かにすることになっている。これだけ社会に貧困が生じているのだから、儲けの一部だけでも社会のために使えないのか。そう思う人も多いでしょうが、それができない仕組みがある。それが資本家同士の競争です。競争に負けると「わが社」はつぶれてしまう。あるいは買収されてしまうかもしれない。だから、競争に負けないために、もうけを最大限に追求せずにおれなくなる。それは資本主義の大きな特徴であり、そういう経済関係の実態が、政治や法律、社会的な意識にもあらわれてくるというのです。
現代日本では、労働者の四割が非正規雇用です。僕の上の子どもは、30歳、28歳、26歳と並んでいるのですが、「四割が非正規」という現実は、わが家のなかにも浸透します。工場現場で働く28歳の長男が、非正規雇用です。非正規雇用の月収は、男六割、女九割が月収20万未満となっており、うちの息子もここに入ってきます。結婚しているのですが、同じく非正規雇用で頑張っていたパートナーが、出産をきっかけに働けなくなった。そうすると家族三人が、20万足らずの月収で生活しなければなりません。これはたいへんですよ。日本で実質賃金や家計の平均所得が一番高かったのは1997年ですが、それを突き崩す最悪の手段が、法改悪によるこの非正規雇用の拡大でした。息子もその被害者ですし、孫もその被害者で、そうした法改悪を行ったのは国会議員で、それを強く求めたのが経団連などの財界団体でした。つまり、これは人災です。
どうして、資本は労働者に、そんなひどい働かせ方をするのでしょう。資本は自分の会社の労働者には、よその会社より「よい仕事」を、よその会社でよりも「たくさん」させ、しかし、よその会社よりも「安い賃金」しか渡そうとしません。それが「わが社」のもうけを大きくする最良の方法だからです。マルクスは労働者が仕事を通じて生み出す経済的な価値と、労働者が受け取る労働力の価値(賃金)の差を、「剰余価値」という言葉で表現し、それが資本による「利潤」の源泉だと考えました。これは、アダム・スミスやデービット・リカードなど当時の古典派経済学による探求の延長線上に生まれた解明で、経済学の歴史の本流に座る成果です。労資関係がそのような内実を持つことから、紡績工場で、機械の下に子どもが入って綿ぼこりを取り、機会に挟まれて腕がなくなる、命がなくなるといったことも起こったわけです。「資本論」には、労働者の短命についての統計や「過労死」の事例もたくさん紹介され、告発されています。
(つづく)
内田樹・石川康宏・池田香代子 「マルクスの心を聴く旅」
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