日本人のなかの無意識の仏教

中沢新一
日本人はひょっとしたら、いま世界でいちばん不幸せな民族になってしまっているのではないでしょうか。経済や社会のシステムは、キリスト教的世界観を背景にしている西欧製のものを受け入れたけれども、「幸福」を考えるときには、それと違う回路を作動させています。「ハッピー」や「ボヌール」の背景には神がいますが、日本人の「幸福」の後ろには、皆それを支えていたスピリットさえなくなっている。これは大変な不幸です。

河合隼雄
そうなんです。キリスト教的世界観をキリスト抜きで受け入れたのだから、まったく大変です。

中沢 日本人はいち早くその不幸を体験させられてきたわけですが、これからすべてのアジア人がそれに苦しまなければならなくなるでしょう。

河合 そのとおりです。ただ、何が救いになるかといえば、みんな何となくまだ無意識的に仏教を持っているんです。だから無意識的には救われているんです。

中沢 うん、無意識的にね。

河合 だから僕が言うてるとおりだったら、もっと日本人はイライラしたり、喧嘩が起こったりするはずやけど、あんまりしてないでしょう。これはやはり無意識的にまだどこかで仏教的なんです。

中沢 安心があるんですね。

河合 それからもうひとつ面白いのは、ビジネスマンである程度以上金持ちになると、仏教的なことを言い出す人もいます。ある程度以上金持ちにならないとだめなんですよ。なったら途端にそれを言い出すわけです。

中沢 それを言い出さないようでは、たいした成功者じゃない。

河合 これも面白い現象やね。もちろん大金持ちになってから「一日一善」とか言う人もいるけど。

中沢 それってイスラム教の考え方に似ています。大金持ちになったらザガート、喜捨をしなくちゃ。イスラム教の人はあれで安心を得ています。自分はお金持ちになったけれども、お金持ちになるということはそれだけでは不幸になるから、これを喜捨をすると安心が得られる。日本人のなかでは、やはり仏教に関心を持つというのが、そこにあるわけですね。

河合 ええ。で、日本人の場合は、二、三十年前でもさほど意識化されずに、無意識的な救いで助かっている。しかし、いまここで話しているようなことは、これ以上次第に積み重なってくると、無意識的救いよりも、目に見える物質的な豊かさのほうにやられてしまうでしょう。

中沢 いま大事なのは、お金持ちになった人が仏教に関心をもって安心するとか、普通の日本人でも「定年退職したら一つ仏教でもやるか」とか、あと「山頭火みたいに漂泊の托鉢生活でもやってみるか」とか、ああいうののもとになっている安心を与えるものの本質はなんなのかということでしょうね。日本人にとって仏教徒は何かといったら、何かそういうことにつきるんじゃないか。でもお坊さんたちがそういうことを考えなさすぎですね。

河合 わかっていない。

中沢 ほかにもわかっていないことが多すぎますね。

河合 それでもっと恐ろしいのは、ある意味で言うと、悟りを開くことは、言うならば、自分を包んでいる「膜」が弱くなって我執がなくなる――それが悟りですね――弱くなったつもりで、「おれは悟った」と言うてる人が、金が儲かってくると、また我執が復活してきてぐわーっと利己的になる。だから悟りを開いたはずのお坊さんが、やけに金に・・・・・・。

中沢 執着して。

河合 執着したり、それからバカな遊びをやりだすでしょう。あれはそれほどの物質のないところで悟りを開いているから、モノが来たらやられるわけですよ。これも僕、大問題やと思うんです。

中沢 アジアの大問題だ。

河合 そう、そう。

中沢 つい数十年前までの日本というのは、大変に物の少ない社会でした。庶民の家を撮影した写真なんか見てますと、いいなあこんなにものが少なくってと、感動します。そういう時代に形成された思考ですものね、われわれの基本となっている倫理というのは。

河合 そういうことなんですね。

中沢 「声に出して読みたい日本語」という本が大変によく売れていますけど、大体は音読にたえる「いい日本語」と言われているものは、貧乏に書かれています。あとはだんだんと声に出したくなくなるのですね。

河合 日本人の倫理、宗教などは、物が少ないことを前提にしてそのシステムをつくってきたのです。

中沢 その時代の日本語にたいして「いいなあ」ってしみじみしていますが、その言葉はいまと対応はしていません。物があふれて、言葉は貧しくなった、とよく言われますが、そういうしみじみをつづけていても、われわれの不幸は解決されないでしょう。

河合 そうです、そうです。だから時代と環境が変わったときにどうするか。僕、これは本当に文科系の学者とか宗教家とかの怠慢やと思いますね。何も考えていない。

中沢 すみません。これからしきりに考えます。

河合 自戒もこめて言っています。そしてずるい人は、言うだけ言うといて、自分の生活は別にやったりしているでしょ。

中沢 あっ、あの人のことですね。

河合 隼雄・中沢 新一「仏教が好き! 」

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