大日本帝国の人びと②

加藤 ある人間が、この戦争は完全に間違っている戦争だと思うことは十分ありえて、その場合、この人間が迷うということに権利があるわけですよ。どうしようかと思って、さんざん迷ったあげく応召するということもある。かぎられた情報のなかで、家族や隣りの横町の人たちのことを念頭に、応召しようということもあるわけです。そうである限り、応召したいという事実をもって、「これは有罪だ」などと云うことは断じて間違っている。だけど、言えるのはそこまでです。これを「断じて正しい」といったら、ひっくり返っちゃう。「公民としての義務である」というところも賛成できない。

橋爪 大日本帝国憲法の第二賞「臣民権利義務」というところに、兵役の義務、納税の義務などが述べてあります。それがなぜ義務かというと、個々人にとっては、たいへんに大きな負担になるからです。とくに兵役となれば非常に大きな負担です。しかし、なぜそのような規定があるかというと、そのことによって臣民の権利、すなわち財産権とか生命の安全とか自由とか、それから家族を営んでいる事実とか、社会的福利とか、教育だとか、そういう利益が分配され、支えられている。そこで権利と義務のバランスが取れている。まったくの非合法政権や独裁政権でない以上、新民はこのバランスを承認して、大日本帝国を営んでいたと思う。
兵役の義務は、いわばくじ引きのようなもので、生涯を通じて負担しなくてよいかもしれないし、あるときには国民の大多数がそれを担わなければ行けないかもしれない。ですが、それは選べない。選べないけれども、いままで教育を受け、社会的福利を受け、税金を払うかわりに国家の提供する様々な公的サービスを享受してきたという事実がある以上、徴兵の順番がたまたま自分に回ってきたからといって、突然、それは困ると逃げだすのは、やはり問題があると思う。
なぜ「正しい」というのかというと、みんながそういうふうに分担しながら、ひとつの国家を担っているからです。戦後の日本国であれ、大日本帝国であれ、アメリカ合衆国であれ、みんな同じ論理で、公民としての義務を分担している。侵略戦争であるとか、自衛戦争であるとか、それから反ファシスト戦争であるとか、そういう戦争の種別の違いはあると思います。しかし、これは侵略戦争だから私は行かないとか、これは反ファシズム戦争だから喜んでいきますとか、そういうレヴェルではないところで、この公民の義務は発生してくる。そういう不幸なメカニズムがあるんじゃないですか。そういう「正しい」行為を黙々と行なった人びとの、正しさの延長上に戦後の日本国もある。
戦争を防ぐんだったら、もっと別のところでやるしかないのであって、戦争になって召集令状がきたときではもう遅いんです。

竹田 たとえば極端な話でいうと、ナチスの政権下で、あるドイツ人が民主主義的な考え方をもっていたとする。ナチスがやっていることに民族浄化ということも含まれており、自分たちのやっていることはあまりにもひどい。明らかに間違った戦争だと、その人は考えている。そういう人がいたとして、それでも徴兵令が来たらそれに従うことが正しい、それに従わないと間違っているということになるかな?

橋爪 いや、従わないから間違っている、都は私は言いません。

竹田 橋爪さんの言い方は、ちょっとそういう意味に聞こえるふしがある。「公民としての義務である」という言い方は、「どんな悪法であれ、公民としてその国にいるかぎり、それに従わなくてはいけない」というソクラテスの言い方じゃないかな。

橋爪 公民としての義務のほかに、宗教者としての義務や、マルクス主義者としての義務があ(りう)ることを考えて、ここは書いているのですよ。応召して戦地に赴く以外の、どんな正しいやり方があるのかと、必死に悩み考えたのは赤紙をもらった当人たちではないですか。それ以外の正しいやり方があってほしい、と私だって思います。

加藤 別の言い方をすると、ここで「公民」と書いてあるのは「国民」と書きなおしてもいいようなことでしょう。つまり、ここで橋爪さんが言っているのは、国民としての義務じゃないかな。「公民」という言葉を使うと、僕は非常に紛らわしいという気がする。結果的には、竹田さんが言ったことと重なるけれども、「赴いた人は断じて正しい」というふうに言ったら、「赴かない人は間違っている」ということになりますよ。

橋爪 それは含意されていません。それに私は、大日本帝国であろうと近代国家である以上、国民ではなく公民と伝えるレヴェルで、人々の関係が構成されていたと考えるべきだと思う。兵役の義務もそのひとつです。
当時、良心的な兵役拒否がない以上、「赴かないということが正しい」とは言いにくくなるわけ。

加藤 ん?

橋爪 つまり、その負担を自分だけがのがれて他の人に押しつける、という意味をおびてしまうでしょう。

(つづく)

加藤典洋・橋爪大三郎・竹田青嗣「天皇の戦争責任」

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