金子光晴「冬眠」

眠れ、眠れ、眠れ、眠れ。
さめてはかない假の世に
ねてくらすほどの快楽はない。
さめてはならぬ。さめてはならぬ。

きくこともなく、みることもなく、
人の得意も、失態も空ふく風、
うつりゆくものの哀れさも背(そかひ)に
盲目のごとく、眠るべし
それこそ、「時」の上なきつかひて、
手も、足も、すべて眠りの槽のなか、
大いなる無知、痴れたごとく、
生死も問はず、四大もなく、

ふせげ、めざめの床のうへ、
眠りの戸口におしよせて、光りとともにみだれ入る、
世の鬼どもをゆるすまい。

金子光晴 「冬眠」


(筒井康隆・編「いかにして眠るかより)

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