貨幣と神

河合隼雄
ヨーロッパの人に僕が「あなた方、本当に本気では、一回限りの復活を信じられないでしょう。いまわれわれが真似している個人主義にしろ、いろいろ物質的なものにしろ、僕から言わせると、キリスト教を背景にしているから成立しておったはずなんや。それを信じていないとしたら、何が頼りになるんですか」ってほんま言った。そうなるんです。しかし、これは安心立命にはなりません。

中沢新一
そういう言葉を聞くと、ああ、たしかに貨幣というのは神に似ているなと思いますね。

河合 そうです。これほど普遍的なものはないでしょう。いま下手したらね、地球全体に君臨しておるのは金と違いますか。

中沢 金の神様。

河合 しかも、いまこれだけドルが流通できるということは、すべてをドルが支配しているといえるほどになってしまう。お金がいちばん信頼できて、強いものになってきつつある。みんな気がつくと思うんやけどね、これでは安心立命できないことを。

中沢 神様とお金がどこか似ているというと、どっちも永遠ということをいっている。神は永遠をあらわしています。この世は変化し滅びていくんだけれども、神は永遠をあらわしている。なぜ人間が貨幣をつくり出したかというと、価値を持ったものが壊れていく、風化していくという事態を恐れたからです。

河合 なるほど。

中沢 だからそれを金貨にして、これは変化しにくいものだから、この価値を持ち歩けば、あるときに生まれた価値は滅びないで蓄積もできるし、持ち運びもできるということで貨幣が生まれています。要するにどちらも腐敗しない、滅びない、解体しないということが条件付けになっていて、キリスト教の神というのはこの永遠の神であり、その考えのキッチュな表現形態が貨幣なんでしょう。

河合 それがキッチュであることに気がつかない。

中沢 貨幣というものが初めてつくられたとき、ギリシャのミダス王が、「貨幣(黄金)は大地を殺す」と言って怒ったそうです。

河合 ああ、それはそうです。まさに貨幣は大地を殺します。

中沢 大地を殺して何が残るかというと、半ば永遠につづいていくもの、保存できるもの、運搬できるものです。だからある意味で、キリスト教の神を貨幣は非常に似ているところがある。

仏教はそれについてどうだと考えましたら、「あらゆるものは滅びる」というところから始まる。永遠そのものについては語りますけれども、それはこの世界にはない。それは涅槃(ニルヴァーナ)、煩悩のない世界、つまり〈死〉ですから、この世の幸福に執着している人が生きたくない場所ですよね。

河合 そいうなんですよ。

中沢 この世界のなかに永遠を繰り込むことは絶対にできない。

河合 できない。

中沢 ところがキリスト教は永遠を繰り込んじゃうんだろうと思うんです。

河合 仏教徒に言わせると、それは錯覚なんやけどね。

中沢 錯覚なんですね。だけど、そのおかげでヨーロッパで数学が発達したんじゃないかと思います。「無限」という考えを発達させたのは、やはりキリスト教の西欧です。それ以前は無限はこの世界には入ってこない。あるいはこの世界には繰り込めないと考えていました。

ところがこの世界に貨幣というものができて、実に安易なかたちで無限の繰り込みが起こってしまった。お金はどんどん増やしていくことができる。それは幸福の増大を意味する、という考えが生まれてきます。ですから先生がおっしゃったように、いまの世界にとって神といったら貨幣、金というのは、理屈からいっても本当なんでしょう。ただ、それは人間に幸福はもたらさない神です。

河合 そうなんです。本当に僕らがいっているような意味の安心はもたらさない。

中沢 永遠で変化しないものは人間の心に安心をもたらさないということですね。仏教が問題にしているのは、その生命体がまわりの世界と違う部分、ちいちゃい部分をつくって、ここで何とか持続してみましょうというのが生命だと言ったわけですから。

でも、そうやってできた宇宙のなかの孤島のような自分の存在に拘泥しているかぎり、生命は幸福になれないといっています。一方いま医学が押しすすめていることというのは、いったん生まれた個体をとにかく延命していくために、外からの悪影響を排除したり、内部にがん細胞みたいなかたちで異常増殖が始まると、これを何とか除去していく方法を通じて、生れた個体をできるだけ長い時間持続させていこうとしている。そしてこれが幸福だって宣言している。この考え方って貨幣の考え方とそっくりじゃありません?

河合 ともかく計測可能なものをできるかぎり多くできるかぎり長く、などと考えているわけですから。

中沢 心のなかに仏教を抱えた僕ら日本人からすると、「それはどうも幸福じゃないな」と思えます。そこらへんを日本の哲学者たちや宗教者はまともに考えないと。

河合 本当です。ぼくも、だから自分が考えなきゃいかんと思ってるから、いろいろ考えるんだけど、本当にむずかしいですね。

河合 隼雄・中沢 新一「仏教が好き! 」

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