過労死 基本的特徴①

「過労死110番」の相談・調査活動、政府の調査統計などを通じて見えてくる過労自殺は、およそ次のような基本的特徴を持っている。

第一に、脳・心臓疾患の過労死と同様に、幅広い範囲の労働にひろがっていることである。業種・職種を問わずほとんどの分野の職場で発生しており、役員から中間管理職、一般職に至るまで会社内の地位にかかわらず発生している。民間のみならず公務員の職場でも相次いでいる。正規労働者だけでなく、非正規労働者にも発生している。

被災者数は、正確な統計がないので厳密な数を挙げることは難しいが、1992年以降の警察庁「自殺統計」で「勤務問題」が原因・同期と分類されている自殺者数が年間千数百人に及び、2007年以降では年間2500人前後となっている。この警察庁統計の他の項目(「健康問題」「経済・生活問題」)のみに分類されているケースに過労自殺が含まれている可能性があるので、過労自殺者数は一年間に少なくとも2000人以上にのぼるといって間違いないと考える。

第二に、年齢は20歳前後の若者から60歳以上の高齢世代まで広範に広がっているが、脳・心臓疾患にくらべて、若い世代の被災事例の割合が多い。

また、労災補償の相談に訪れたり、労災申請や提訴を行ったりするのは、どちらかというと、若い世代の事案が目立つ。これは、遺族側の事情も関係していると思われる。すなわち、自殺に関しては社会的偏見が根強いため、子を持っている配偶者(多くの場合は妻)は、死因を極力隠したいと考える傾向が強い。もちろん、独身者が死亡した場合の両親や兄弟も同じような傾向があるが、その程度が、妻子が残された場合の方が強い。この結果、脳・心臓疾患にくらべて、被災者が和解ケースの相談、労災申請、裁判の割合が高くなっていると推察される。

第三に、男女比では、男性の自殺例が多い。一般に自殺は女性より男性が多いこと、日本の職場では、女性のフルタイム労働者が男性に比して少ないこと、正規雇用に女性労働者も男性ほどの長時間労働を行っている例が相対的に少ないことなどが、この男女差の背景にあると思われる。(中略)

第四に、自殺に至る原因として、長時間労働・休日労働・深夜労働・劣悪な環境などの過重な労働による肉体的負荷、及び重い責任・過重なノルマ・達成困難な目標設定、パワハラ・セクハラなどのハラスメント、職場での人間関係のトラブルなどによる精神的負荷があげられる。これらは過労性の脳・心臓疾患にも共通している要素であるが、過労自殺の場合には、精神的なストレスの比重がより高い。

被災者がこのような過重な労働に陥っている背景には、バブル経済崩壊後の日本経済低迷という環境下で、各企業がコスト削減の人員整理をきびしく実行していることがある。グローバル経済の拡大による国際的な競争の激化により、時間刻みの技術開発が求められ、達成困難な納期が設定されるという事情もある。IT業界は、いわば、21世紀の「屋内の建設業」であるが、伝統的に長時間労働の多い(屋外の)建設業と同様かそれ以上に、納期に縛られ、休日労働・深夜労働が常態化している。

この結果、多くの技術者は、より少ない予算とより少ない人員で、与えらえた仕事を早く遂行しなければならず、優秀な人材でも壁にぶちあたり、心身のバランスを崩していく場合が多い。

国内消費市場の続く中で、いわば乾いた雑巾の水を搾り取るように、増えない需要を「営業力」でカバーしようとして、夜間・休日に関係なく営業を続ける労働が営業職に要求されがちである。

中高年労働者の人員整理の影響もあり、企業は若手育成を時間的余裕をもって進めるのではなく、新人にも「即戦力」としての役割を求め、経験と能力に見合わない過度の負担を若年労働者に課してしまう傾向が強まり、この結果、心身の健康を損なってしまう新入社員や20歳代労働者が増えている。

リストラ解雇の対象にされることを恐れ、その精神的な圧迫感から、自らを過重な労働に駆り立て体調を崩してしまうケースもある。たとえば、「あなたに勤める場所はない」と言われ、自殺に至った「解雇自殺」ともいうべき例も少なくない。非正規雇用が1990年代後半から年々増大する中で、正規労働者が非正規労働者になることを恐れる心理状態がひろまっており、このことも、過重労働を促進する条件となっている。

他方で、人事総務関係で働く中間管理職が、リストラを遂行するために、会社と労働者との板挟みになって悩み、あるいは会社の不祥事事件の処理のために心労を重ねるなど、昨今の企業の問題行動の犠牲になっている事例も少なくない。

1990年代後半以降に、日本の製造現場で深夜勤務・不規則勤務が本格的に導入され、自動車も夜につくる時代になっている。製造現場への深夜交代勤務の増大は、それまで一部の特殊な業種に限られていた深夜交代制勤務を多くの産業に拡大していくこととなり、この結果、睡眠障害、体調不良の訴えが増え、うつ病の大きな原因となっている。ニコン株式会社熊谷製作所へ派遣されていた上段勇士氏は、深夜交代制勤務などから睡眠障害に陥り、1999年3月までにうつ病を発症し死亡した。東京高裁2009年7月28日判決は、上段氏の死を労災と認めて企業の損害賠償責任を認定した。(最高裁で確定)。

医師や学校教員のような先生と呼ばれる職業では、国民のための医療・教育の充実という時代の要請に見合うだけの人員が確保できていないことが背景にある。(中略)
地方・国家公務員の職場でも、住民・国民の様々な要請にこたえるだけの体制が整備されていないところが多く、加えて、わが国独特の国会運営での非効率さなども災いして、公務員の過労、ストレスによる精神疾患罹患・自殺も後を絶たない。


(つづく)

川人博 「過労自殺 第二版」

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