世界が終わる前に 七

橋本 そもそも今の投資家って言われている人たちは、ほとんどがお金が欲しいだけですよね。でも、本来、株式市場でも為替市場でも、市場とはなにかと言えば、そこに投資ししたらお金持ちになれるというような場ではない。投資って、「産業をおこすため」にみんなで金を出し合うっていう、ある種の「助け合い」だったりしたのが本来でしょう。

縁もゆかりもない人に金を借りて、「見返りとしてこういう利益を保証したいんですが」というだけの話であって、別に金融をやっていれば金持ちになれるわけじゃない。ところが、今の金融とか投資って言われているものは、「ここに投資して、それが上がったら売って、それでまた、安いものを買ってあがるのを待つ」っていうのを延々と繰り返すという、ほとんど隙を狙うゲームか軽業みたいなことをやっているだけだからね。

そういう風に実体経済を無視して「金融経済だけあればいい」っていう考え方自体が、実は、経済を自滅させる考え方なんですよ。そこになんの疑いも感じないで、「金融経済」って言葉を使う人たちは、そもそも「自滅」っていうことを理解しないし、大きくなることがいいことだという以外に、他のシステムがあるのかということすら分からない。

カワキタ それどころか、経済が飽和してしまっても、そこから更に「大きいもの」を目指すには金融経済みたいなバーチャルなものしかないから、ひたすらその可能性を追求し続ける以外に選択肢はないと思っている。むしろ、それが正しいと信じ切っているようにも見えますね。

橋本 私は「この先、あなたたちはどうするつもりなんですか?」って聞きたいだけなんですよ。だって、経済はもう限界まで達しているんだから、大きいものはどう考えても成り立たなくなっている。だとしたら、これからは「小さいもの」で生きていかなきゃいけないわけでしょう。

「大きいものをめざさずに、小さいままで生きていく」っていう考え方って、今まで世界のどこでも主流になったことはないんだけれど、もはやそれを真剣に考えない限り、「未来はない」ということなんですね。そのことを典型的に示しているのがオリンピックでさァね。

東京にオリンピックを招致するときはコンパクト五輪なんて言って、でも準備を始めたら、「二兆だ、三兆だって、お豆腐屋さんじゃない」と新都知事に言われちゃうわけでしょ。IOCの方だって、「そんなに金をかけられたら、次の開催地に立候補するところがなくなっちゃう」って怯えてる。現に2024年のオリンピックに開催を立候補するはずだったアメリカのボストンが辞退しちゃった。トランプが大統領に決まる前からそうだもんね。

もう死語のようなBRICs(ブリックス)って覚えてます?ブラジルとロシアとインドとチャイナの四カ国に、サウスアフリカも混ぜた、「有望なる世界の時期先進国候補」だけど、十年前なら通った話も、もうあやふやになってる。ブラジルが、サッカーのワールドカップとリオ・デジャネイロのオリンピック開催に立候補して通ったのは、BRICsがまだ存在感を持っていたからですよね。

2014年のブラジル・ワールドカップはよかったけど、リオのオリンピックは、大統領は辞めさせられて不在になるし、治安は悪いし、暴動は起きるしで、開会式直前まで「大丈夫なの?」と思われていた。なんとかやったけどね。

ホヅミ ジカ熱騒動なんてのもありましたね。

橋本 2020年の開催地を東京と争った都市のひとつにイスタンブールがあったのを覚えてます?隣のシリアは荒廃してたけど、開催地の時点でまだ「イスラム国」はなかった。だから立候補だって出来たんだろうけど、時代は急速に変わりますね。リオの前のロンドン・オリンピックは、いかにも先進国らしく金をかけないオリンピックは、いかにも先進国らしく金をかけないオリンピックをやって、その前の北京オリンピックは、いかにも国威発揚で金をかけたけど、そこがピークで、もう「前回以上に」という金のかけ方は出来ない。こうなったら、中国を騙して、上海オリンピックだの重慶オリンピックだの、何回もやらせるしかないってところの一歩手前じゃないってところの一歩手前じゃないかと、わたしなんかは思います。

「中国を騙して」っていうのは、何回もオリンピックをやらせて、金を吐き出させて、中国を没落させよう」という、参勤交代的陰謀ですけどね。私が勝手に言ってるだけだけど、江戸時代の参勤交代は、「大名に金を持たせたら危ないから、無意味な参勤交代の行列作って見栄張らせて、金を使わせろ」っていう、いたって日本的な政策ですからね。

カワキタ 僕は開催地をオリンピック誕生の地であるアテネに固定して、同じ大会インフラを、毎回、手入れしながら繰り返し使うという「先祖返り・もったいない五輪」を勝手に提唱しているんですけどね。それで観光収入が増えれば、ギリシア債務超過の危機に陥る旅に大騒ぎしているEUも助けるだろうって・・・・・・。

橋本 そうそう。そうすりゃ使い続けるかどうかわからないボート会場を東京湾に作る必要もないしね。「オリンピックの規模縮小」なんてことは、今までにおそらく考えられたことはない。でもそれが限度に達しちゃった。限界ってのは、来るんですね。

だから、「この先どうするの?」って話だけど、「大きくならない金儲けの話の方法」って、実はすごく簡単なんです。「今、本当になにが必要なのか?」っていう実体経済に根差した需要をきちんと見極めて、自分たちの出来る限りのものを作って供給するっていうことだけやってりゃいいわけよ。そういうことをやったって「大きく儲かる」ということは起こりませんけどね。でも、そういう「小さな産業」とはいわないけども、個人商店のようなものがいくつもあれば、自ずとリスクも分散されるようになる。それって、ビジネスとして考えても、危機管理の鉄則にかなっているいいやり方なんですよ。シャッター通りもなくなるしね。

ところが、大国幻想を持っている人たちは、そういうめんどくさいことを考えないわけです。日本は中小や零細企業が多くて、昭和の30年代くらいまでの日本政府は、そういう企業をなくして大きくしなきゃだめなんだと思ってた。そういう流れは潜在的にその後もあるから、「小さな商店はもう成り立たないから、全部でっかく統合して、なんでもかんでもイオンみたいな巨大ショッピングモールにしよう」っていうことになる。でも、そのショッピングモールの業績が傾いたら、「ここの支店は採算割れだから閉店します」になる。そうすると、今度は、その地域の人たちがなんにも買えなくなるわけでしょ?そういう事態は、地域の過疎化によって、もう実際に起こってる。

わたしたちの住んでいる世界は、既にそういう危険な段階に入ってるんだけど、そういうことは考えずに、未だに「大きなもの」を信じている人が多いというのが、私にはどうにも理解できないんですね。その意味で私は、今回の「イギリスEUの離脱」は「大きくなるということもはもう無理なんだな」ということを、広く世界に明らかにしてくれたと思うの。「それでなにかいいことあるのか?」って言ったらないけどさ。

「なにか得になることがあるから考えよう」という時代はもう終わってるんだからさ、「この先どうする?」ということを考える、いい機会だと思うんです。


橋本治 「たとえ世界が終わっても」

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