車谷長吉「あんたは人の言うこと、じきに気にする。

「あんたは人の言うこと、じきに気にする。ふなふな思とったら、えんや。そのうちに、颱風(たいふう)は過ぎて行くが。ええ天気や。」

「どなな人でも、人に頭さげられたら嬉しいんやで。道で人に逢(お)うたら、お辞儀すんねんで。」

「みな人にほめられたいん。ほめられとうて、ほめられとうて犬が餌待っとうようなもんやが。あの人みて見ィ。ほめられたら、ええ気持になって。ころっとだまされて、お追従しよってやが。うちが思うには、ほめられるということは耳の穴に毒流し込まれることや。うちもじきにええ気持になる。」

「あんた前坂さんの家(エエ)へそない、じょうしき行って。前坂さんがあんたに甘い顔してくれてやさかい、そないたびたび行くんや。つけ上がってもて。前坂さんの嫁はんが迷惑してやが。けど、あんたはその迷惑が見えん。甘い顔見せたら、人は寄って来るで。そら、どないぞ。あんたみたいな打算的な人は、寄って行くがな。甘い顔してやけど、人は分らんで。甘い顔が、突然、般若顔に変る。これが人やがな。」

「ほう。あの<をなご>、別嬪さんやが。あんたも、あななをなごがええんやろ。けど、あんたのとこへは、来んな。来てもうても、困るけど。別嬪さんの正体は、やくざ者(モン)やが。別嬪さんを欲しい、という男の性根もやくざ者やが。」

「世ン中でをなごほど恐ろしいもんはあらへんで。をなごは本気になるで。いきなりくらい付いて来るで。心中する時、鎌を切るんはをなごやがな。男はいつも引きずられて死ぬんやがな。男は臆病なもんや。未練なもんや。あんた別嬪さんのをなごにいっしょに死んでくれ、言われたら、いいや、よう言わんやろ。引きずられて行ってん。男は別嬪さんにささやいて欲しいん。別嬪さんがあんたのこと、好きや、言うてささやいたら、あんたよう、いやや、言わんやろ、男はそれだけのもんや。」

車谷長吉「抜髪」

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