2013年3月4日

先日、政府は産業競争力会議(議長安倍晋三首相)を開いて、農業強化策の検討に入った。首相は「農業を成長分野と位置づけて、産業として伸ばしたい」と語っている。

どうやったら農業が成長産業になって、輸出できるまでに国際競争力が高まるのか、わたしには見通しがよくわからない。

たぶんこの会議の人たちの脳裏にあるのは、企業の参入を推し進め、株式会社化して、農地を統合して、単一栽培にして、スプリンクラーで搬水して、農薬や殺虫剤を飛行機で散布して、コンバインで刈り取るという「アメリカ型」の大規模農業のプランなのだろう(もしかすると、室温も温度もコンピューターで制御する全自動農業生産まで望見しているのかもしれない)。いずれにせよ、「成長産業」となるための条件を満たすためには、当該事業の生産性を高め、高収益体質に改めなければならない。

政財界やマスメディアの言い分によると、日本の製造業に国際競争力がない原因は「高い人件費」と「高い電力コスト」と「煩瑣な公害規制」であるらしい。だとすると、農業が成長産業になるためには、当然これらのハードルがクリアされなければならない。つまり、「成長産業としての農業」の存立条件は、
(1)「できるだけ人を雇用しない(雇用する場合は最低レベルの賃金で)」
(2)「原発をフルに稼働して、電力料金を引き下げる」
(3)「環境保護コストは企業が負担せず外部化する(つまり、水質汚染や表土の流出や塩害などがもたらすかもしれない環境被害は製造コストに参入しないで、将来世代に『ツケ回し』する)」

というあたりに落ち着くはずである。

「生産性が高いビジネス」というのは、要するに、「できるだけ人を雇用しない業態」のことである。だから、「成長産業としての農業」が産業競争力会議の思惑通りに成功するとき、従来の労働集約型の農家は市場からおおかた駆逐されてしまっているだろう。

だがそのとき、離農者たちのために、農業株式会社に最低レベルの賃金で従業員として採用する以外どのような未来を、産業競争力会議は用意するつもりなのだろうか。


内田樹 「内田樹の大市民講座」

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