月かげ

生きるということは、年月の流れのうちに抱いてきたものを捨てることではありませんし、心をふみにじることでもありませんでしょう。会わないということは遠いことなのでしょうか。

水のなかの月をつかむように、ほんとうにあの人と私との二匹の猿が小枝にぶらさがって手をつなぎのばして、水にうつる月を掬おうとしている絵のように、たとい流れ散る月かげでありましょうとも、せめては冷たい水に入れた私の手のなかに月を浮べたいと思います。人の姿でも人の心でもありません。私が水のなかの月かげでございましょう。


川端康成 「北の海から」

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