もうここへ来るのはよそうとわたしは思った

もうここへ来るのはよそうとわたしは思った。だがこう決意したところで、翌日、なにも得るところがなく市中を歩き回ったのち、いつもより二、三時間おそく突堤に姿を見せただけだった。わたしは何度となく決意をしては、実りなき遅参を繰り返した。あるときわたしはとある教会に迷い込んだ。内陣の壁はすっかり黒ずんで、その壁から金色の塗料の剥げかけたバロック風の像がいくつも生えたように突き出ていた。丸天井の一角からはまるまると太った天使、子供の天使、かつてのキューピッドたちが、人間の群れのように押し合いへし合いしながら湧き出していた。その金色に塗られた肉体がわたしには恐ろしい威嚇のように感じられた。そのむっちりしたふくらはぎ、ふっくらした頬、くびれた尻、くぼんだ瞳、不格好な腕、不器用そうな手、動いているさなかに硬直した翼と腰布。わたしは香煙の甘い香りを嗅ぐとともに火薬が燃えたあとのようなきな臭い空気と、まるで内陣の石板のしたで死体が息をしているかのような重苦しい湿気とを吸い込んだ。わたしはその場所に数時間いつづけた。蝋燭が燃え落ちて行くのを見た。貧しい人々のなかのもっとも貧しい人々がここでその苦悩を洗い流して行くのを見た。胸や腹や病み衰えた四肢のなかに集った病が、しばしのあいだ塞きとめられるのを見た。擦り減った金色の塗料がちょっぴり剥げて、祈りを捧げている人々の唇のうえに落ちかかるのを見た。足の下の深いところに、わたしをあらゆる慰めと救いから遮断しているひとつの暗い流れを見た。刧罰が衣服のようにわたしの体を覆っているのを感じた。涙がこみあげてきた。しかしわたしには悔いがなかった。わたしには成人した堕天使の誇りがあった。聖位を剥奪されつつもなお誇りを失わず、脳髄のなかに、一片の祈りも持たず、非難の言葉のみをひっさげてわたしはここに来たのだった。ひとりの神がゆったりとしたマントに身を包んでどこかに立っていた。年を経た長い髭が下顎から垂れさがり、両手は骨ばり、両目とも近視だった。その神はわたしのために存在するのではなかった。わたしは入ってきたときと同様、罪を洗い清められることもなくそこを出た。そして岸壁を訪れた。岸壁でわたしたちは肉入りパイをむさぼり食い、ぶどう酒を飲んだ。すると、思考はまるで激しい苦痛にあって失われるように、消えていった。時は過ぎ去り、なにひとつ変化は起こらなかった。事件は着々と近づきつつあったにちがいなかった。だがわたしのほうからそれを迎えようとしたわけではない。

ハンス・ヘニー・ヤーン「岸辺なき流れ」上巻p406

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