四畳半に100億円の現金があって、今日中に使い切らないと死ぬ。

100億円をタダであげると顔見知りの資産家に言われ、受け取ったものの、すべて現金払いだったために、狭い四畳半のアパートは寝る場所もなくて焦っている。

せめて銀行振り込みにすべきだった。100億円がこんなに場所をとるとは思わなかった。ミカン箱ひとつで1億だから、それが100箱分もある。この極小空間によくぞ入った、と感動すら覚える。

段ボール箱は四畳半の天井まで隙間なく積まれ、窓から差し込む光もなく、部屋は薄暗い。蛍光灯の紐も見えないから、電気もつけられない。流しの上にも8箱、和式トイレにも5箱、狭い玄関にも3箱もある。人間がひとり収納できるスペースすらない。

俺はいったん外に出て、深呼吸した。落ち着け。金ならいくらでもある。

春先の南風が強く吹き抜ける。空の青がまぶしい。朝から気温が上昇している。隣の部屋から大音量でNHKの「まんぷく」が聞こえてくる。老夫婦が住んでいて、耳が遠いから、TVの音がいつもダイナミックなのだ。路地の向こうにある公園から幼子の笑い声がする。今日は春分の日で、子供たちも休みだ。もしかしたらもう春休みなんだっけ? 小学校を卒業してもう何十年にもなるから、学校のスケジュールはわからない。日差しが熱くて、わきの下に汗がにじんだ。

世界は何も変わっていないのに、俺の狭いアパートには、100億円もある。

とりあえず、玄関にある3億円から処理しよう。

ドアを開けて、一番上に積まれていた一箱を下ろした。かなりの重量だ。箱を開封し、中から一万円札を財布に入れようとして、はたと気が付く。おいおい、こんな薄い二つ折りの財布に入るのはせいぜい50万円だ。今日中に、あと何回、こんな動作をしたら使い切れる? 桁数が多すぎてすぐには計算できないけど、途方もないことだけはわかる。焦るな、落ち着け。

俺は背負っていた黒のバックパックを開けて、現金をわしづかみにし、パンパンになるまでぶち込んだ。段ボールから現金が半分近く減った。これで3000万~4000万円ぐらいだろう。

バックパックを背負って、通りの向こうにあるコンビニに向かう。給料日前で昨夜から何も食べていない。いつもの癖で、値札のシールをみて、つい安い弁当を選ぼうとしている自分の生態に笑えてくる。購入後もかっこよく「釣りはいらない。アフリカの恵まれない子供たちか、地球の温暖化防止か、サンゴ礁の保護、あるいはニュージーランドの銃撲滅運動のために」と言えればよかったけれど、ついつい惰性で細かい何十何円まで受け取ってしまう。財布がジーンズの尻ポケットに入らないくらい膨れ上がっている。

子供がブランコに乗っている公園のベンチで、590円の幕の内弁当を食べながら、あと99億9999万9115円をどう使おうか思案する。

1、ニュージーランドの銃撲滅運動のために寄付しようにも、まず銀行の窓口まで現金を持っていく必要がある。一度に運べるのは5000万円。相当重いから何往復もすると疲れ果てる。しかも今日は祝日だから窓口は開いていなくて、ATMだと一度に50万しか入らない。

2、自家用ジェット機なら10億円ぐらいしそうだけど、買い方がわからない。アマゾンで売ってる? とりあえず武蔵小杉のタワーマンションを購入する。いずれにしても、いったん銀行に現金を持っていく手間がかかる。

3、他人に現金を運んでもらう。ツイッターでお金を運んでくださいと呼びかければ人は集まるかもしれない。

4、もう面倒なので、ツイッターで「四畳半に100億円の現金があって、今日中に使い切らないと死ぬ(実話)」とつぶやいたら、よってたかって人が集まってきて、勝手に持って行ってくれるから楽かも。

5、レンタカーを借りてきて、近くの教会か施設に段ボール50箱ぐらいもらってもらう。

6、自分で運ぶのは大変なので、引っ越し業者に頼む。

7、ハズキルーペを買う。


ここまで考えたところで、弁当を食べ終わる。普段は高くて買ったことのないスムージーとやらを飲む。あんまり美味しくない。これならコーラでよかったな。

青空に一筋の飛行機雲がみえる。ジャンボジェット機なら100億円ぐらいかなと考えて、買ったところで使い道がないやと思い、笑ってしまう。

100億円の使い道、だれか教えてほしい。お金の使い方なんて、学校では教えてくれなかったな。






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