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[WORLD・WILD・LOVE]第3話 ミッドナイト・ランデブー

深夜の首都高を走るタクシーのなかで、ニイヤマは仮眠をとっている。ヒロセは眠れずに外を見ていた。美少女と七眼のメンバーと警察の二人組を思い出す。街灯が一定のリズムで顔を照らしている。

運転手が静かに言った。「そろそろ着きますが、正面玄関でいいでしょうか?」

ニイヤマが半分寝ている声で、「オッケーっす」と返答する。

極東アジア重工業の正面玄関で停車する。ニイヤマは運賃を支払い、ついでにコンビニの袋も手渡した。「これあげます。サンドイッチ。けっきょく寝ちゃってた」

「ありがとうございます。遠慮なくいただきます」と運転手は言った。

「夜遅くまで大変ですね」とヒロセが言った。

「極東重工さんも、24時間、明かりがついてるじゃないですか。よく利用いただいてます」

「世の中が不安定になればなるほど、儲かる仕事だからね」とニイヤマは笑った。「荷物とったら、すぐ羽田に向かいたいんで、待っててくれるとありがたいっす」

運転手は、わかりました、と言ってドアを閉めた。

正面玄関に向かって歩きながらヒロセは聞いた。「発電所を作ってる会社だっけ?」

「それは表向き。売り上げの半分以上は、戦争の道具」



守衛室の前で、ヒロセは言われたとおりに氏名と会社名(株式会社WWL)を記帳し入館証をもらう。もちろん偽名だ。

「今日は夜勤、少なくないっすか?」とニイヤマは守衛に質問する。守衛室には一人しかいなかった。

「さっき発報して、確認に行ってます」
「どこで?」
第三棟の、地下です

ニイヤマの顔色が変わる。ビル内に入ると、ロビーのような広い場所(天井が高く、ソファーとテーブルがいくつもある)で、一人の女性が待っていた。

ヒロセは思わず声が出そうになる。救急車の運転席にいた、あのモデルみたいな美女だったからだ。向こうも目が丸くなる。

「ニイヤマさん、お疲れ様です」と美女が駆け寄ってきた。
「第三棟で、あってる?」
「はい、地下のDラボです」
「だから急ぐなって言ったのに!」とニイヤマは珍しく声を荒げた。

「見てくるから、こいつ頼む。同じ大学のヒロセ」それから美女を指差した。「同じ部署のセナ」

そのまま奥に消えて、ヒロセとセナだけが、誰もいないロビーに残された。

「何か、飲みますか?」とセナは言った。
「そんなのことより、なんでここにいるんですか?」
「それはこっちのセリフだよ。ニイヤマさんと知り合いだったの?」
「同じ大学、同じ学部、同じ寮でした」

「うわー、わたしとしたことがリサーチ不足だわ。恥ずかしい」と本当に顔が赤くなる。「運転手のバイトしてることは、秘密だよ?」

あれバイトか? とヒロセが思ったとき、館内放送が鳴り響いた。機械的な音声。

非常警報発令。全員、屋外に退避せよ。これは訓練ではない。くり返す。非常警報発令──

セナが小声で言った。「第五級兵器が、逃走しちゃったの」
「よくわかんないけど、この会社が作ってるのって…」
「いっしょに戦った、あの特殊兵器。遺伝子組換えで作った人工兵士」

轟音とともに、壁に穴があく。ホコリがまう。筋骨隆々の物体が、全身から蒸気を出して立っていた。頭部は天井に到達しそうだ。3メートルはある。明らかに人間では、ない。

「早いね。来ちゃった…」とセナは苦笑いする。

数名の警備員が走ってきて、スタンガンのようなものを発射する。誰が見ても効果がないのは明らかだった。相手の右腕の一振りで、全員が吹っ飛んでいく。

今度はヒロセの方を向いた。セナは柱に隠れながら、「ヒロセさんでも、ギリ負けると思う」と言った。

あいつの一振りが来る。すへてがスローモーションに見えるなかで、腕だけがそれなりの速度でヒロセに向かってくる。(大丈夫。今度もきっと、よけられる)と思ったのが慢心だった。

直前で腕が伸びたのだ。間一髪でかわせなかった。ヒロセの左半身に触れて、肉片をもぎ取っていく。血が出ないのはスローモーションだからかもしれない。痛みもない。痛みが脳に到達する前に倒さないと、今度こそ死ぬかもしれない。

ヒロセが振り向くと、セナは何かを投げている姿勢で静止していた。銃のようなものが空中を漂っている。それをキャッチして、銃口をあいつに向ける。引金をひけばいいんだ、と理解する。

両腕が伸びてくる。さっきよりも速い。ヒロセは身体を右にふる。腕がロビーの椅子を破壊する。(セナに当たらなくてよかった…)

腕が戻っていく瞬間を狙って、引金をひく。連射。弾が五月雨になって、あいつの胴体に吸い込まれていく。

ヒロセは激痛でうめき声をあげた。左の肩から血が吹き出す。そのまま倒れる。セナが駆け寄り、服の上から圧迫する。守衛室からも人が走ってくる。セナが「救急車!」と叫ぶ。

ヒロセは痛いのにおかしくて笑う。(昨日の夜、自分で運転してたじゃん…)

そのまま意識を失う。

白い空間は、どうやら一面の花畑で、小さな女の子が花をつんでいる。顔は光っていて、まぶしくて直視できない。あの声がする。

生きるのと、死ぬの、どっちがつらいと思う?

ヒロセは答えられない。声が出ないのだ。

(正解。どっちもだよね)

声が出ない。

(今度いっしょにデートしようよ? たくさん話して、たくさん笑って、そうして死ぬの)

ヒロセが目を開けると、ロビーの椅子で横になっていた。ニイヤマの声がする。救急隊に大声で指示を出している。負傷した警備員が担架で運ばれていく。(最近、似たような光景を見たな。デジャブかな)とヒロセは首を動かす。

「気がついた? 大丈夫?」と頭の方からセナの声がする。そういえば、とヒロセは思い出して、左肩を触ってみたけれど、痛みはなかった。

「ヒロセ!」とニイヤマが気がつく。「生きてんのかよ。やっぱしぶといな、おまえ」

「痛かったはずなんだけど」

セナが屈み込んで、肩の傷をみてくれる。血は止まったらしい。セナの胸の谷間が見えそうで、ヒロセはそっちの方が気になってしまう。

「そいつ童貞だから、気をつけろよ」とニイヤマが笑った。

セナも視線に気が付き、「見たかったら、見てもいいよ」と笑う。めっちゃかわいい笑顔でドキドキする。

ノートPCを持った社員が、ニイヤマに話しかける。「無効化しても、暴徒化に切り替わって…」「そんなことあんの? 制御ミス?」「それが、ニイヤマさんが到着したころに、勝手にスイッチが…」
「おれのせいにすんなよ」

社員はチラッとヒロセを見た。「自分の意志で、ロビーまで襲撃に来たようです

ニイヤマもヒロセを見る。

正面玄関の駐車スペースで、タクシーが待っていた。ニイヤマがドアをノックする。仮眠をとっていた運転手がドアを開ける。

「ごめんなさい、めっちゃ遅くなって」とニイヤマが謝罪して乗り込む。

「大丈夫でしたか? 救急車とかたくさん来てましたが」と運転手が心配してくれる。

「大したことないっす」とニイヤマが乗り込む。続いてヒロセ。ニイヤマから渡されたアタッシュケースを大事そうに抱えている。

そして最後に、助手席にセナが乗り込む。運転手も思わず、「うわあ、キレイなかたですね」と見とれてしまう。

「こいつ、むかしテレビ出てたんすよ」とニイヤマが笑う。「羽田の国際線まで、お願いします」

タクシーが走り出してからセナが言った。「でも、なんでケガが治ったんだろうね。あんなに出血してたのに」

「ヒロセさー、今度、うちで精密検査させてよ」とニイヤマは言って、すぐにイビキをかき始めた。昔から眠るのが早い。

「なんでですかね。そういえば、夢を見てたんですよ」
「どんな?」
「あれ? 思い出せない」
「エッチな夢でしょ?」
「そうかもしれないですね」とヒロセは笑った。

「やっぱり、ヒロセさんは神様だから、かな」と、セナがボソッとつぶやいた。

空港の手荷物検査場で、セナも検査を受ける。ヒロセは嬉しさのあまり驚く。「セナさんも乗るんですか?!」

「そうだよ?」とセナは金属探知機をくぐる。

「なに嬉しがってんだよ」とニイヤマが茶化す。

「目的地はちがうけど、上海まではいっしょだよ」とセナ。「そういえば、ヒロセさんはどうして上海に行くの?」

「グンジョウの代わり」とニイヤマ。「あいつ、ドタキャンしやがった」

三人は搭乗ゲートへの通路を歩く。ニイヤマが先頭。すこし遅れてヒロセとセナ。

ヒロセは笑って言った。「ほんとうはパンダを探してるんです」

セナは小声で言った。(バイト先の、ピース・アンド・アポトーシスのこと?)

「違いますよ」とヒロセが笑った。「ちゃんとしたパンダです。パンダが世界を救うんです

「なにその24時間テレビみたいなの」とセナが笑う。あまりにも可愛くて、ヒロセは顔が赤くなる。

空港の待合ロビーのテレビで、朝8時のニュースが流れる。昨日のNHKホールの倒壊につづいて、渋谷で発生した逃走事件。

「パトカーに車両が追突し、護送中の容疑者を連れて、逃走しました」とアナウンサーは緊迫した声で言った。「付近の防犯カメラから、先ほど、犯人と思われる人物の映像が特定されました」

テレビには茶髪と、助手席の顔写真が映る。

つづいて、セナの横顔と、ヒロセの真正面からの顔がアップで映し出される。代々木公園の門扉に縛られた時の、まぬけな顔だった。

保安検査場に若いカップルが走ってくる。あの二人組の警官だ。警察手帳を見せながら、人をかき分けて通過する。

搭乗ゲートへの通路で、ニイヤマ、ヒロセ、セナの後ろ姿を発見。警官が走って回り込む。「ちょっと、よろしいですか?」と制止したが、まったくの別人だった。

窓の外を見ると、上海行きの飛行機がちょうど離陸したところだった。

機内ではニイヤマとセナが並んで座り、後ろにはヒロセと金髪の外人が並んで座っている。Tシャツが破れそうなくらい太っていて、エコノミーシートから肉があふれている。


つづく


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