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ゴンベさんの赤ちゃんが風邪ひいたー free(自由)かcaptive(囚われ)か、過去と未来のstate(州・国・状態)を描くシネマ神戸二本立て

ども~おひさです。歯医者さんに行ったついでに、ごほうびとして(何の?)映画観てきましたわ~
・ニュートン・ナイト 自由の旗をかかげた男(Free State of Jones)
・囚われた国家(Captive State)
なぜ、この2本? とも思ったんですが、観ているとアッと驚く共通点が・・・

・ニュートン・ナイト 自由の旗をかかげた男

時は1862年、南北戦争で二つに引き裂かれたアメリカで、ニュートン・ナイトは甥の遺体を家族に届けようと南部軍を脱走する。
故郷で仲間の農民たちから農作物を奪う軍と衝突したニュートンは、追われる身となって湿原に身を隠す。
そこで出会った黒人の逃亡奴隷たちと友情を築いたニュートンは、黒人と白人が一つになった前代未聞の反乱軍を結成し、自由のために立ち上がる―。

<公式サイトより引用 http://newtonknight.jp/intro/>

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・トラウマ治療
まず、南北戦争は米国にとって、非常に大きなトラウマになっているということ。
それ故に研究も盛んだし(エンドロールの時代考証の人の多さを見よ)、アナログのウォーゲームでも、南北戦争は一大ジャンルを築いています。
ゲーム化、ドラマ化、模型化・・・つまり抽象化は、トラウマを解消させるための有効な手段です。
もちろん、映画化も。

・思い起こさせる諸々
白人黒人問わず編成された集団は奇兵隊か、
Free state of Jones・・・自由自治元年か。
徴収役人の無法ぶりにキレて反撃するのは、ドラマ「太平記」の新田義貞か。
9割も収奪されるトウモロコシを刈り取ってしまうのは刈田狼藉か。
ニュートンの孫(ひ孫?)の裁判シーンは「ラビング 愛という名のふたり」を思い起こさせるし、「nigger」という言葉が「奴隷」という字幕になっているところは、「私はあなたのニグロではない(未見)」を想起させる・・・「我々も誰かのnigger(奴隷)なのかもしれない」・・・この問いは、現在でも通用するのではないでしょうか。
※もちろん、この言葉が持つ様々な負のニュアンスを、字幕は四捨五入しないといけない、というのは承知しています。原文と字幕(Huluより 多分劇場版と同じ)を下に。

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・抵抗者は森に依る
ロビンフッドか、maquis(マキ。ドイツ占領下フランスのレジスタンス)か。
どうも、ヨーロッパ系の一部の人達にとっては、森は始原的な恐怖を思い起こさせるらしく(ウルフ・ウォーカーを観ての感想です)、一種のアジール・触れてはいけない場所になっていたのではないかと・・・抵抗運動の基となった森は沼に囲まれていて、騎兵を通すことが出来ないのです(地形効果的な)。
歩兵で行っても待ち伏せされる。
ひょっとしたら、日本だと富士の樹海みたいな感じなんでしょうか。

・超えなければならないバリアー
まず、その時代の人がその時代において戦わなければならない障壁、
そしてさらに加えて、今の時代の人が、今の時代の人に向けて話を作らなければならないという、一種メタ的な制約、
この二つのバリアーを超えるのが、歴史もの劇映画の面白さだと思うのですが、
例えば、この映画、風にひるがえった形としての南軍旗は出てこない。巧妙に隠されている。(逆・・・北軍旗、今の米国国旗とほぼ同じ・・・は出てきます)これは今の時代、南軍旗にネガティブなニュアンスが加わりすぎたゆえのことではないかと。(明確に見えているシーンがあったならスマン)
「我々も誰かのnigger(奴隷)なのかもしれない」・・・先述のこの言葉も、貧困の差が増すばかりの現代ならではの問いかけになっている気がします。

・共和党映画・民主党映画
アメリカ映画を見るとき、これは何州の話なのかを注意するようにしています。例えばこれはミシシッピー州の話。南のほうですね。
でも、近ごろは、共和党映画・民主党映画というのがあるのではないかと思えてきました。イメージとしてはこうです
・共和党
ホース・ソルジャー
オンリー・ザ・ブレイブ
エンド・オブ・ホワイトハウス
・民主党
ラ・ラ・ランド
ホワイトハウス・ダウン。
・・で、この映画では、
民主党支持者(おそらくKKK含む)が、共和党に投票しようとする人々(主人公サイド)を暴力チラつかせて邪魔するという描写があったのですが・・・あれ?
共和党のほうが人権派だったの? 北部が希望みたいな描かれ方ですわ・・・
しかも映画の中では、選管が共和党の得票数を、かなり下にごまかしていることになっているし・・・
どうだろ、これは共和党映画なのかな?銃に対しても、わりかし肯定的だし。 
いまはリベラル=人権派=米国民主党みたいな感じですが、
自民党も「自由」と「民主」主義の希望だったころがあったのでしょうか・・・(でもシンボルは米国共和党と同じゾウだぞう

・最後のクライマックスに流れる曲が!
過去編最後のクライマックス、そのKKK構成員もいると思われる投票所へ、主人公側の人々は「ジョン・ブラウンの屍」を歌いながら行進します。
John Brown's body lies a-mouldering in the grave; (×3)
His soul's marching on!

wikipedia リパブリック賛歌 より
<奴隷解放運動家のジョン・ブラウンは死んで墓場にいるが
 その魂は今も行軍しているぞ!>
そう、これが、ゴンベさんの赤ちゃんが~ や、「ヨドバシカメラの歌」の曲なのですね。自由のためなら死をもいとわないという心意気・・・次の映画に移る前に、ちょっと覚えておいてください。

で、次の映画です。まあ一本だけ見るなら上記のニュートン・ナイトを見るのがイイとは思います。が、二本立てならではの驚きが・・・っ!

・囚われた国家

地球外生命体による侵略から9年後の2027年、シカゴ。制圧されたアメリカ政府は「統治者」の傀儡と化していた。貧富の差はかつてないほど拡大し、街は荒廃。そして市民は、この圧政に対して従属する者と反抗する者に分かれた。自由を取り戻すために秘かに結成されたレジスタンス・グループは、市内スタジアムで開催される統治者による団結集会への爆弾テロを計画するが―。公式サイトより)

なんか偉そうなイガグリ星人(言語は昆虫ぽい)に占拠された地球という大状況を、シカゴという一都市限定で描く作品です。
実は、あまり考えなくてもいいB級ドンパチ映画を期待していたのですが、見てみると、「リベリオン」からガン=カタを抜いたような映画でした(ああ、レコード! そして「本」・・・なるほど・・・)

多分、予算の無さにより、
・カメラがやたら揺れる(予算があるならじっくり見せられる)
・特に重要とも思えない会話で引き延ばす
・あまりSFXが無い
…てな状況になっていますが、監督さんが目指したのは「アルジェの戦い(未見)」「影の軍隊(これが先述したmaquisの話。未見)」だとのこと。納得です。

レジスタンスのナンバーワンは誰なのか、というのが構成員に対しても秘密になっていて、さて誰(あるいは何?)なのかっ! というのが興味を引くのですが、私の予想は当たったような外れたような・・・いややっぱり外れたのだろうか。
取り締まり側のナンバー2、ジョン・グッドマン、なんか見覚えが、と思ったら、アトミック・ブロンドに出てきてました。話の混み具合も、なんか「囚われた国家」と似てますかねえ・・・

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・最後のクライマックスに流れる曲が!
あれ、これさっきも書いたような? ええ、思い出してください、「ジョン・ブラウンの屍」のことを。自由・平等のためなら死をもいとわず戦う者たちの歌を。
ゴンベさんの赤ちゃんが~ や、「ヨドバシカメラの歌」の曲です。
それが、こともあろうに、こっちの映画では、偉そうなイガグリ星人の偉い人を迎えるために、ソルジャー・フィールド(という名のスタジアム)で女性歌手が独唱する歌として使われている(ビジュアル的には「君が代・独唱」みたいな感じ)↓予告編冒頭にちょっと流れています

https://www.youtube.com/watch?v=Do6cHgMM7b8

歌詞も「ニュートン・ナイト」の時とは違っていて、
Mine eyes have seen the glory of the coming of the Lord:
<私の眼はロードの到来を見ていた ※ロード=主・領主・あるじ・神>
(略)
Glory, glory, hallelujah!
<栄光よ、栄光よ、ハレルヤ!>
と、この映画では異星人のロード(←この言葉は幼年期の終わりのオーバーロードを想起させる)をほめたたえる意味になってしまっている。ジョン・ブラウンが墓場から怒りを持ってよみがえってきそうな、情けない使われ方(リパブリック賛歌本来は神の栄光を称える歌ですが、ニュアンスが変わってしまっている)。
異星人たちは、地球の資源を収奪しているとはいえ、治安は良くなったそうなので(アメリカのルネッサンス! とか政治家は言っている。貧富の差は増してるのですけど)、単純にレジスタンス側が正しいとも言い難いのがこの映画の難しい所ですが、地球人が異星人の奴隷である状態を、耐えられるのか。

・余談
確かに、画面を暗くして、特撮やSFXは一瞬にしたほうが、アラは見えづらくなるのだろうけど、日本の観客はライダーとか戦隊とかウルトラマンに慣れているので、もっと はっきりエイリアンを見せてくれていいのよ? (別に日本向けに映画作ってるわけではないでしょうけど)

・余談2
んで、この2本を観て、同じ曲がニュアンス逆方向に使われていることに感激し、「この二本を組み合わせるなんてすばらしい!(意図的なものだったんですか!?)」とシネマ神戸の支配人さんに伝えたところ、
この二本立てになったのは、たまたまだったそうで・・・曲がおんなじだったのも偶然だそうです・・・
でもまあ、テーマが似ると、構成要素も同じになっていくってこともあるでしょうし、二本の映画の組み合わせが、偶然に一つのストーリーをくみ上げてしまうということもあるのでしょう。映画館最高・・・

・余談3
前の映画館行ったよ~の記事は「ミニマリズム映画2本勝負」
ああ、ちょうど3か月前、3か月ごとに歯医者さんの定期検診、というわけですね。
この間に、ウルフ・ウォーカー、JUNK HEAD、この世界の(さらにいくつもの)片隅に・・・を見ています。アニメは見逃さない(あ、でも、100日間生きたワニ、閃光のハサウェイ、シン・エヴァは観そこねているな・・・)

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