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著者の死後何年から研究対象にできるか/「橋本治」という研究分野

佐藤ひろおです。早稲田の大学院生(三国志の研究)と、週4勤務の正社員(メーカー系の経理職)を兼ねていました。いまは有給休暇の消化中です。8月下旬に退職します。

このnoteで、橋本治について書いている方の1名をフォローして記事を読んでいます。すると「橋本治」というタグがある記事が、noteのトップ画面のオススメにつねに表示されます。こんな感じ。

ぼくは橋本治さんは「名前を知ってるが……」という距離感のひとで、作品に好きとか嫌いとか、所説に賛成できるか賛成できないかも定まらないひとです。※そろそろ読み始めたいです、何がいいですかね。
こんなにたくさんnoteで記事が書かれ、オススメされるほど、ホットな話題なんだな、ということに驚いています。

ぼくは文学部(文学学術院・文学研究科)に所属しており、ひとつ気になる話題として、「著者の死後何年目から、研究対象として取り上げてよいか」があります。
法律の定める著作権などと違って、機械的に「死後何年から解禁」と決まっているわけじゃありません。橋本治さんは、2019年に亡くなり、死後5年半のようです。

同じことは歴史の研究にも言えます。「何年前のことなら歴史学の研究対象になるか」。原理的には、「1秒前のことから、すべて歴史学の対象だ」と言えますが、いわゆる歴史学者がおもに対象とし、得意とするのは、昨日今日のことではないでしょう。「現代史」という概念もありますけど、これも不思議なことばです。
ネットで調べたら「現代史」は、日本史では第二次世界大戦後から現在までの歴史、世界史では第一次世界大戦後から現在までの歴史を指します。
とのこと。こんなふうに一説にせよ定義があるのか。知らなかった。

一定の時間が経過しないと、文学・歴史学の評価が定まらないのだ、という考え方もあり得ますが、恐らく本質ではない。
中国史の三国志の「曹操」なんて、20世紀になって評価が変わりましたからね。死後、1700年ぐらい経過しています。この1700年間、曹操について論じたり、研究したりできなかったか?全然そんなことはないです。

存命中の文学者とか政治家、有名人について論じることはできますが、それって「研究」なのか?
たとえば、先週末に要人の狙撃事件があったとして、それについて情報を集め、意味や影響を論じることって、「研究」なのか。分野的には「報道」と見なされているような気がします。

ぼくが思うに、存命中の人物が書いた作品を「研究」するのは、ちょっと苦手というか、やりたくないです。なぜなら、存命中の人物が、みずからの手で否定できるからです。
「そんなつもりで書いたんじゃない」
「覚えていない」
と当人が言えます。言う権利はもちろんあるし、人間ですから意見が変わることがある。ただの冗談として自説を否定するかも知れないし、当人なりの狙いがあって(照れ隠しとか、レトリックとか)正反対のことを言うかも知れない。好きな書き手なればこそ、どんどん好きに発言してほしいんですけど、日々翻弄されるとしたら、恐くって論文なんか書けません。
研究対象の人物に会えたとして、「あなたは過去の作品についてこう仰いましたが、本当は違いましたよね」なんて、無理な取り調べです。

歴史の研究でも、「新たに出土した資料」で、数百年の蓄積がある研究分野が台無しになることがあります。学説すべてが簡単に覆ることがないにせよ(その材料から読み取れることが、必ずしも1つに決まるとは限らない)、その分野を研究することの「面白み」がなくなっちゃうことはあります。研究者としてはこれは痛撃です。従来ほど高いテンションで次々と論文が書かれなくなり、やがて過去の研究も顧みられなくなります。

もちろん、「作者は特権的な地位にない」という考え方があります。たとえ戸籍上は著者本人であっても、過去の文の意味を、後年に自由に改変する権利はない、ということは言えますよ。
でも、研究の信憑性が揺らぐのが人情ってもんじゃないですか。「著者本人が、昨日youtube対談で否定してたじゃん」と言われたら、学問上はその反論を割り引くことは可能でも、やっぱり揺らぎますよね(笑)

死んでから年数が経っていない著者の場合、「遺稿」が発見される可能性は高い。その人物に興味を持っている研究者ならば、「遺稿を読みたい」と思うのが自然な感情だと思います。
しかし、「遺稿」は無尽蔵には出てこないだろうと思われるので、そこそこ安心して読めるし、自分の研究のなかに位置づけ直せる、というテクニック上の安心感があります。※テクニック偏重もどうかと思いますけど

お察しのとおり、「死後何年から研究対象にできるか」に明確な答えはないんですけど、橋本治への熱量がすごいな、って思った記事でした。

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