【判断基準】嫌になって辞めるには早すぎる?
佐藤ひろおです。早稲田の大学院生(三国志の研究)と、週4勤務の正社員(メーカー系の経理職)を兼ねています。
会社の仕事でも、大学院の研究でも、「嫌になって辞める」ことの判断が難しいと思います。
「いちど着手したのだから、どんな困難があっても、自分に適性がないと思っても、体調をくずしてでもやりきれ!石の上にも三年、五年、十年。いちど逃げたら逃げグセがついて、どこにいっても通用しない。どんな物事でも大成しないぞ」という意見があるでしょう。
そうかも知れないが、これって、会社の上司が部下を現状に縛り付けて、穏当に仕事を回すための、管理のことばだったりする。
かといって、「好きなこと・得意なことをやらなきゃダメだ。不得意なこと、間違ったことで努力しても、つらいだけで成果が出ない。フットワークを軽く、執着せず、新しい挑戦をどんどんしろ」というアドバイスは、一時的に元気がもらえるけれども、無責任な感じがします。失敗してもカバーしてくれない。調子よく励まして終わりじゃん。
嫌さを点検するための3要素
会社の仕事でも、大学院の研究でも、3つの柱があると思います。
①題材やテーマ(何に関することか)
②立場や手法(方法や取り組み方)
③実現したいこと(何を成し遂げるか)
「現状が嫌だ」というとき、どこがズレているのか検証し、そこのチューニングをするのが良いでしょう。
①②③を分割して考えるのです。
たとえばピザが好きで、バイクの免許があって、時給がよさそうなので、ピザの配達の仕事を選んだとします。①ピザの、②配送スタッフとして、③お金を稼ぎたい、という仕事ですね。
現状が嫌になったとき、①②③の変数のどこがイヤなのか、チェックすればいいと思います。
①ピザじゃなくて、寿司を運ぶなら頑張れるのか?宅急便なら頑張れるのか?②バイクの運転じゃなくて、ピザを焼きたかった?ピザの店を運営したかった?③効率が悪くてお金が儲からない?(別の地域や店に移れば儲かるのか?)、もしくは、お金よりも実現したいことが見つかってモヤモヤしている?(自分はピザが作り出す楽しい時間が好きだったようだ、この店のピザの提供方法では、お客さんに楽しい時間を届けられない云々)
いちどは自分がよいと思って始めた仕事・研究です。全部が全部、まるごとダメ、当たらないし、かすってもない、ということはないと思います。①題材、②方法、③実現したいことのうち、どれが自分にそぐわないのかチェックし、部分的に変更すればいいと思います。
ぼくは今にも会社を辞めそうですけど、②お金の記録や管理をきちんとして(経理職)、③カネ勘定でその集団がやりたいことを実現させる、というところは好きです。だから15年ぐらい続いたが、①会社の製品にさっぱり興味がないので、嫌になってしまいました。
もしも①会社の製品が好きならば、組織が機能不全で困難なときほど、がんばれたと思います。今の会社の事業が「社会悪」だとは思わないが、究極的に「どうでもいい」と思っちゃうので、ふんばれない。1ミリも興味もないことに熱心なふりができるのがプロフェッショナルだ、という説もあるでしょうが、①題材を愛しているひとには勝てません。
ただし、今の会社を離れるとしても、②経理そのものが嫌とか、不得意・不適応だったとは思いません。
ぼくの場合、人文科学などの学問の世界で、学術団体?出版社?をうまく運営・経営を回していくような仕事がしたいです。※博士号を取った後に
おわりに、①題材は好き、②方法は納得感がある、③実現したい方向性もあっているけど、嫌だなあ、嫌だなあ、というときは、とりあえず現状で我慢して踏ん張るしかないと思います。「嫌になって辞めるには早すぎる」のは、①②③に違和感がない場合です。
踏ん張っているうちに、実力がついて嫌じゃなくなるか、あるいは、①②③のどれが嫌なのか鮮明になるのではないか。
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